町内の山にある木材をふんだんに使って建てられた通称「木の学校」と呼ばれる、香美町立村岡小学校。木の香り高いランチルームで、一堂に会して食べる学校給食。2017年度の児童数は88人という小規模校で、統廃合の危機と向き合いながら行われるきめ細やかな指導ぶりに、全国から取材や視察が集まる。香美町だから、村岡小学校だからこそできる教育とは何か。学校長の石井一彦先生にお話を伺った。
小規模校だからこそできること
石井先生は香美町のご出身。進学を機に香美町を離れ、都市部、近隣市町で教鞭をとった後、ふるさと香美町で教育に向き合う日々を送る。都市部の学校と違い、村岡小学校のような小規模校でできる教育にはどのような特徴があるのか。
「都市部の教育環境としては、多くの人たちの中で切磋琢磨しながら成長していけるという良さがあります。対して田舎の学校は、全員が子どもの顔を知っている。子ども一人あたりの教師の数が多いので、個別の課題に合わせたきめ細かい指導ができます」
教師も児童も顔を知っているふれあいの多い環境の中、教育課題はあるのだろうか。
「もちろん、人間関係が固定化されてしまい、コミュニケーション能力が育ちにくいという課題があります。それを解消するために、『香美町学校間スーパー連携チャレンジプラン』という取り組みをしています。香美町内の学校間を連携させて、多人数での授業を定期的に行っています。回数を重ねるごとに『学校対抗』のような形で競争心が生まれたり、コミュニケーションをとって仲良くなり友達が増えたりと、子どもたちの新たな成長ぶりを感じられますね」
この事業で効果を得られるのは子どもたちだけではない。教員たちも、それぞれの学年の様子について話し合い、学び合うことにより、資質が向上する。このような先進的な取り組みを積極的に取り入れるのには、教育に携わる大人たちの、地域を愛する強い想いがある。
「児童数が減っていくと、統廃合という話が出がちですが、地域の子どもは地域で育つということを大切にしたい。そのために私たちができることは、地域の人が『残したい』と言ってくれるような教育を提供していくこと。私たちにとって、とてもやりがいがある状況です」
子どもが地域を愛し、地域で育っていくための取り組みは、主に過疎地域からの視察の対象になっているという。異年齢でもともにスポーツを楽しむなど、幅広く学び合い、成長する子どもたち。そのたくましい成長を支えるものが、香美町にはある。
自発的に、「地区の一員」として育つ子どもたち
「一学年当たりの人数が少ないと、フットワークが軽くなります。近所の面白いもの、珍しい生き物など、気軽に校外学習・体験学習で見に行くことができます」
生活が便利になるにつれ、子どもたちにとっては危険となってしまう環境も増え、子どもが「体験する」ことに対するハードルが上がってしまった昨今、香美町の学校ではそのハードルをやすやすと飛び越えることのできる規模感がある。そして人とのつながりを強く感じられる環境が子どもを高める。
「自然学校等で町外に出ると、町内の学校の子どもたちがそろって挨拶の良さをほめられるなど、香美町の子どもたちは、基本的な生活態度が良く育っていると感じます」
そんな香美町の子どもたちと過ごす日々は、石井先生にとって「感動の連続」だという。
「以前の運動会は、小学校の運動会というより地区の運動会としての色が濃かったのですが、子どもの発言を受け、子どもが主役の運動会に変えようと職員会議で話し合いました。『子どもたちが自分たちで作る、子どもたちが拍手をもらえるような運動会を作りたい』と、地域の方に理解をしていただきました。そうしたら、子どもたちが本当に自発的に動くんです。準備や片づけなど、種目以外の大変なところも率先してするようになりました。組体操などの難しい技にも諦めずに自発的に挑戦し続けて、努力の結果、本番でうまくいくと本当に感動していました。もちろん私も感動しました。午後から地区の運動会が始まると、子どもたちが自分の地区の人たちを本気で最後まで応援します。自分たちが地区の一員だという思いがあるのだと、その姿にまた感動して、本当に幸せな気分になります」 石井先生は「地域の一員としての存在意義」こそが、香美町で育つ子どもたちにとっての大きな力になると考える。
そこにいるだけで喜ばれるまち 香美町
自分が誰かの役に立っている。自分の存在が誰かに喜ばれている。石井先生が考える「香美町ならではの存在意義」とは。
「現在、キャリア教育ということが盛んに言われています。それは、自分が何のために生きているのかということが、自分の中で、すとんと腑に落ちていない若者が多いからだと考えます。いい学校に入っていい会社に入る事が素晴らしいと言われていた図式が崩れてきている中、『自分がどんな人生を歩みたいのか』それがわかる子を育てることがキャリア教育です。その意味で、香美町という環境はとても魅力的です。子どもが、若者が、いるだけで地域の人は喜んでくれるんです。香美町は自分の人生の目標・生き甲斐が分かりやすい町なのです。自分の存在意義が常に感じられる町なのです」
地域への愛はあっても、就職の段階で就職先が見つからず離れてしまうケースは多い。その中で諦めずに好きな地域で住みたいと言える子どもを育てたいと願う。 「どんなに失敗してもあきらめないたくましい子、反対されても、その反対意見を練りあって新しいものを生み出していく子。それが今の学校教育目標にもつながっています。どの子も居場所があって、認められて、その上で地域が好きという骨太な気持ちがあって、くじけずにここで暮らしていく……地域の元気の源に、村岡小学校はなりたいのです」
自分がどんな人間で、どんな人生を送りたいのか。その上で地域貢献ができるということが一人一人の人生をより豊かにする。そのことを教育を通して子どもたちに伝えたい。石井先生の想いが「木の学校」で実を結んでいく。
「どの子も居場所があって、認められて、その上で地域が好きな子どもを」
地域の中で一人一人を大切に育てられる子どもたち。だからこそ地域の一員としての自覚を持ち、地域の中での自分の存在意義を見出すようになる。個人的な進歩だけでなく、所属する場所の中で貢献していくことの豊かさを、広く考えられる子どもに育つ。その環境が、香美町にはそろっている。