赤身の味わいと、サラッとした脂身の絶妙なバランスで、世界中の食通から高い評価を受ける但馬牛。香美町のある兵庫県美方郡は、独自の育種改良により、日本のブランド和牛の原点となる良質な肉牛を育ててきた地域としても知られています。他の農業と同じく、畜産農家も高齢化が進み、質の高い食文化を次世代につなげる若い担い手の不足が深刻になっています。その時勢の中、香美町村岡区にはご夫婦と研修生という3人で若い力を合わせ、「良い牛」を生み出すために力を尽くす「森脇畜産」があります。ご主人の森脇雄一さんと奥様の芙紗さん、スタッフの佃みのりさんにお話を伺いました。
日々牛と向き合い続ける繁殖農家の仕事
ご主人の森脇雄一さんは村岡区出身。ご両親が牛飼いの仕事をしている姿を見て育ち、高校卒業後は神戸市の精肉店で経験を積みました。食肉について学ぶうち、牛を飼うことの奥深さを感じて帰郷。父・
いわゆる「牛飼い」には、母牛に子牛を産ませておよそ月齢9ヶ月まで育てる「繁殖農家」と、繁殖農家が育てた子牛を大きく育てる「肥育農家」があります。森脇畜産は繁殖農家で、母牛の出産に立ち会うのはもちろん、肥育農家に「良い牛」を届けるため餌の配合やタイミング、運動の内容など日々技術を磨いています。
森脇畜産の一日は、早朝の餌やり、除糞から始まります。一段落ついてから自分たちの朝食を取り、その後午前中は牛を牛舎につないでブラッシングをしたり、牧場の手入れをしたり。午後からも同じように餌やりと除糞を行い、牛たちの変化や体調に気をつけながら作業をどんどん進めていきます。また牛たちにとって、日光浴もとても大切。天気が良い日には外に出して歩かせるのもいい子牛にするためには欠かせません。香美町内では、近隣の耕作放棄地に畜産農家が牛を貸し出して放牧する『レンタルカウ事業』が行われており、使われない農地の保全も兼ねながら、牛たちの日光浴の時間も確保しています。
「生きもの相手の仕事なので納得の上ですが、やはり毎日の餌やりや突然の出産があるので休みは取れません。でも経験を積むうちに、牛の状態を適切に見られるようになり、『いつもと表情がちがうぞ』とか、一人ひとりのことがわかるようになりました」
日々牛たちに手をかけ続けることで手応えを感じると語る雄一さん。2020年には大きなやりがいを感じる嬉しい出来事もありました。
共進会でグランプリ、裏打ちする丁寧な関わり
2020年11月に開催された第102回兵庫県畜産共進会(但馬牛の品質を競うコンテスト)に、種牛の部で森脇畜産が出品した「たかとみ5」がグランプリの名誉賞に選ばれました。審査員からは、牛の体型や肌ツヤの良さ、まっすぐな背線、肩つき、後ろから見て美しいひし形であることなどが評価されました。
「とても嬉しかったですけど、プレッシャーも感じています。これからもっと技術を高めていかなければと身の引き締まる思いです」と雄一さんは話します。
「グランプリを初めていただいて、それはそれは嬉しかったです」と話すのは、奥様の芙紗さん。兵庫県市川町で生まれ、雄一さんの帰郷とともに畜産に関わり始めた当初は、驚きと戸惑いの連続でした。
「犬や猫も飼ったことがなかったのにいきなり牛、みたいな。牛は度々脱走するし、なめられたり蹴られたり、大変だらけでした。自分たちの見落としが原因で分娩事故につながることもあるし、生きもの相手の仕事は難しいです」
慣れない牛飼いの仕事に奮闘する芙紗さんでしたが、なぜか雄一さんが牧場を離れているとき限って突然の出産が始まるなどのハプニングもあり、その度に事態を受け止めながら対応し、場数を踏むことで成長を重ねてきました。
「続けるごとに、『そろそろ産むかな』とわかってきて、子牛の体調不良にも早く気付けるようになってきました。はじめは嫌だなと思うこともありましたが、難しい分やりがいのある仕事でもあります。手を抜くと病気も増えてしまうし、手間を掛ければかけるほど、大変ではありますが大きくなってくれたり良い牛になってくれたり、必ず牛が返してくれます」
日々牛たちと向き合いながら9年、その技術が認められる繁殖農家に成長した森脇畜産の活動に注目が集まります。
若い力で発展させたい、食肉文化と但馬牛の品質
そして森脇畜産には、頼れる若いスタッフ、佃みのりさんの存在も。みのりさんは兵庫県西脇市出身。農業大学校に通っているときに、雄一さんの父・薫明さんの牧場で研修を受け、卒業後は森脇畜産で牛飼いとしてさらなる修行を積んでいます。「脱走は大変だけど、牛が可愛いから、牛飼いは楽しい」と語る佃さん。雪の多い香美町での暮らしに戸惑うこともありますが、ここで経験を積むことで「良い牛を丁寧に育てられる牛飼いになりたい」と夢を語ります。
牛飼いを志すことについて雄一さんは、「(みのりさんのように)牛が好きな人が一番。休みがない分、牛と触れ合うことを楽しめることが大事です。現実は大変なことも多くあり、牛が死んでしまうこともある。でもメソメソしている時間はなくて、これを繰り返さないためにはどうしたらいいか、次を見据えていく目は必要です」と話します。
若い力を受け入れることで森脇畜産はさらなる成長を遂げ、新たな未来を見据えています。
「今後は、繁殖だけでなく肥育まで、さらに僕自身に肉屋で働いた経験があるので、人の口に入るところまで見届けたいという思いがあります。長く守り続けられてきた純血の但馬牛を、いま自分たちが飼わせてもらっているという自覚をもち、一連の流れを自分たちでやることで、但馬牛は他の牛と比べて特別なんだということをお客様に直接伝えたいと思っています」
伝統と品質で知られる但馬牛。その品質を高めるためにチャレンジを続ける若い担い手たち。食肉文化、ひいてはこれからの食文化をより豊かにしていくために、日々丁寧に牛と関わり続けていきます。