「和牛のふるさと」として知られる香美町小代区。全国の黒毛和種繁殖雌牛の 99.9 %の個体が、小代のたった一頭の牛「田尻号」の血統にあることが確認されています。この小代に2023年1月、新たに繁殖農家の畜産農場が生まれました。若干23歳で牛飼いとして独立を果たした水間達哉さん。水間さんが牛飼いの道を志した経緯や、今の仕事にかける想いを伺いました。
寝ても覚めても牛に明け暮れた子ども時代
水間さんは小代生まれの小代育ち。といっても、水間さんの実家は牛飼いではなく、サラリーマン家庭でした。近所の家で飼われている牛に興味を持ち、牛舎に遊びに行くのが水間さんの子供の頃からの日課でした。物心つく頃、幼稚園時代には牛舎で餌やりなどの世話をさせてもらうようになり、土日はもちろん、長期休暇は毎日牛舎へ。小学校に進学したあとも、帰宅するや否やランドセルを放り投げて牛舎へ。毎日楽しみながら牛の世話をする水間さんに牛の方も懐き、そのことがますます牛への愛着へとつながっていきました。そんな幼少期を過ごした水間さんにとって、将来の夢として「牛飼い」を思い描くのはとても自然なことでした。
中学3年生での進路選択では、それまで共に過ごしてきた友だちと同じ高校に進学すべきか、一人だけ離れた農業高校に進学すべきかという岐路に立たされます。「それでも将来やりたい仕事は牛飼いしかない。それができなかったら後悔する」と考え、バスに乗って養父市にある兵庫県立但馬農業高等学校に3年間通いました。好きなことを思いっきり学べた、あっという間の3年間。また進路選択の時期になりましたが、「少しでも若いうちに実地で技術を身に着け、5年後には牛飼いとして独立したい」とビジョンの決まった水間さんは、小代区の「上田畜産」で修業をする道を選びました。
憧れの畜産農家のもとで修業、独立
上田畜産は、約800頭の但馬牛を飼育し、繁殖から肥育、精肉、販売まで一貫して行う大規模経営体で、但馬を代表する畜産事業者の一つです。この上田畜産の代表・上田伸也さんは、水間さんが小学校の時から憧れ続けた存在でした。子どもの時に毎日通い詰めた牛舎に、牛の爪を削る削蹄師として訪れた上田さん。仕事や但馬牛についての熱い想いを聞き、その頃から「絶対に上田畜産で修業したい」と思うようになったと言います。農業高校在学中から上田畜産でアルバイトを始め、卒業時には、「5年後に独立したい」とビジョンも伝えた上で修業を開始。大規模で、またすべて一貫で行う現場で修業したことで、自分の仕事がどう繋がりどのようにして消費者の口に入るのかというところまでを見届けることができ、大きな刺激を受け続けた毎日でした。
修業3年目からは独立に向けて牛舎を立てる土地探しをはじめました。親から受け継いだ牛舎や土地があるわけでもない水間さんにとって、土地探しは難航を極めました。どこにでかけても、「この土地に牛舎を建てるとしたら…」と想定を重ねる毎日だったと言います。今牛舎を構えている土地は、風通しも土地の広さもよく、暑さに弱い牛にとっても最高の環境を提供できています。香美町役場や農業改良普及センター等に相談し、畜産クラスター事業として補助金を受けるなど、情報収集も丹念に行って独立に向けて着々と準備を進めてきました。そして2023年1月6日、母牛6頭・育成牛10頭の牛とともに、改めて「水間畜産」として牛飼いとしての大きな一歩を踏み出しました。
先人が守り続けた但馬牛の伝統をつなげたい
現在は牛飼いの中でも、繁殖農家としての技術を極めたいと奮闘中。命を預かるものとして、何も言わない牛をよく観察し、少しでも違う所があればすぐ対応。そして「なにかおかしい」と感じたところが的中すると、それもまた自信に繋がります。
子牛一頭生まれるのにも、母牛の育成から始まって何年もかかります。今日の仕事の結果が出るのはずっと先。「でも自分も頑張るし、牛も一生懸命頑張ってくれてるので、それを評価してもらうのを楽しみに頑張っています」
「とにかく牛が好き」と話す水間さんですが、「牛なら何でもいいわけではなくて、やっぱり但馬牛が好きなんです」とのこと。地域の中だけで交配が行われた純血の但馬牛だけが持つ品格と伝統。但馬牛は兵庫県内だけで交配されるのが基本ですが、香美町がある美方郡内の但馬牛は、美方郡内だけで閉鎖育種を行っているのでより希少です。更に純血種なので人間目線での「飼いやすさ」はなく、病気もしやすく大量生産にも向きません。だからこそ「この地域の但馬牛を守り、次の世代につなげていかないといけない。そこが責任も重く難しいですが、やりがいもあるところです」と水間さんは話します。地域の畜産業界も高齢化が進み、牛の数を減らさざるを得ない畜産農家さんも少なくありません。この状況下にあり、水間さんのような若い畜産農家の誕生は地域の希望でもあります。
これからの目標は「良い牛を残し続けて、但馬牛の伝統をつなぐこと」。全国和牛能力共進会のような大きな大会で上を目指すことも目標の一つではありますが、若手としての今はまず土台作り、基礎づくりの時期だと水間さんは考えます。そして、自分と同じように牛を飼ってみたいと思う若手の仲間も増えてほしいと願っています。水間さんのような非農家出身でも立派に牛飼いができるという姿を見て、若い世代が夢や希望を感じる。そんな存在になれるよう、水間さんは今日も、餌やり、徐糞、体調の観察など、日々の仕事に精を出します。