「紙漉き」とつながる、自然の中の営み

ながすくらす・本多秋香さん
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神戸生まれ神戸育ちの女性が、縁もゆかりもない香美町村岡区へ。村岡区の長須地区でかつてくらしの道具作りとして根ざしていた「紙漉き」 それを復活させることで地域を元気にする「集落サポーター」として移住した本多秋香さん。慣れ親しんだ神戸から離れ、「ものづくり」の形を追い続けて、初めての田舎ぐらしに挑戦。彼女がその中で出会ったものはチャレンジフルな「日常」そのものだった。

問い続けた「ものづくり」の形

 20代~30代のころ、地元神戸の下町で服飾関係のお店を開いていた本多さん。生まれ育った場所でのものづくりの中、「これでいいのか」という疑問がぬぐえずにいたという。

「震災を機にその疑問が強くなって、お店を閉めて、車で東北や三重、四国などに旅に出ました。街でのくらししか知らなかった私にとって、畑を耕すかたわらでものづくりをする人、里山と共にくらす人との出会いは刺激になり、こんな生活が自分にもできたらと」  その後神戸市内でのまちづくりゼミで学び、まちづくりや地域コミュニティに関わりたいという気持ちが高まったころに出会った「集落サポーター」という仕事。地域支援を現地密着型で行うことにより、地域の活性化を図るこの仕事を知った時には、既に「村岡区長須地区で、紙漉きを復活させる」という内容が決まっていたのだとか。

「ここには知り合いもいない。神戸から3時間かかるし、友達と飲みに行けなくなるし、不安もありました。でも任期は1年間だけ。とりあえず行ってみようという気持ちで」  同じ兵庫県での移住。でも、時間地図上では、旅で訪れた三重県よりも遠い。ただ初めての長須地区で2泊ほどしてみたところ、「季節も景色も良くて、何だか『私ここで楽しくくらせそう』って」うれしい予感がわいてきた。

 

「紙漉き」を通して地域を元気に

「最初は、『住むのが仕事だからね』って言ってもらえて。それで、一生懸命住んだわけですよ」   

 当初の仕事内容として聞いていた紙漉きすぐに出来たわけではなく、まずは10年間使われていなかった旧長須地区の公民館を使える形にするところから。5月に移住し、改装されたのが12月ごろ。紙漉きについて独学で学ぶほか、研修に行くなどして試行錯誤、これから地域の人たちと紙漉きをしていきたいというところで集落サポーターの任期が終了。ただ同時に香美町の地域おこし協力隊の募集が目に留まった。もっとこの地域で頑張りたいという思いを面接で伝え、3年間の任期で地域おこし協力隊として紙漉きに携わることに。

 

「村岡高校の生徒たちと一緒に紙を漉いて自分たちの賞状を作ったりとか。マラソン大会の賞状を作ってほしいという依頼を受けて50枚、高校生を鬼のように働かせて紙作りをしたりとか」

 その他、都市部での出前紙作りワークショップや、地元のお店でのワークショップ、魚介を入れた紙漉きなど、斬新なアイディアを紙漉きと繋げて実現させる。

 

 

「でも私、興味のあることが多すぎて、紙漉き一本には絞れなかったんです」  

 村岡でのくらしは、紙漉き以外にも、彼女に数多くの刺激を与えた。

探究心を触発される 村岡でのくらし

「田舎ぐらしは初めてだったけど、ほんとしっくり。長須地区は20世帯で60人の住民しかいなくて、何やっても筒抜けなんです。それが、煩わしいって思う人もいるかもしれないけど、神戸で育った私には逆に新鮮。程よく放っておいてくれて、程よく気にかけてくれる。それが私にはちょうど良い具合。そうそう、来る前は飲みに行けなくなるのが心配だったんですけど、ここでは堂々と公民館でおじいちゃんたちと飲める、楽園みたい」

 地域の人の見守りを受けながら、紙漉き以外の分野にもどんどん挑む。狩猟の免許を取り、村の人と一緒に鹿を追う。山道のルートを発掘する。電気をなるべく使わないくらしに挑戦するべく、薪でお風呂をたく。

「猟を通して、地域にある素材や自然を生かす、利用するってごく当たり前のことなんだと感じました。薪については、始めはお茶一杯沸かすのに2時間かかるとか、うまくできなくて。それがだんだん、ご飯もたけるようになって」

 昔からある知恵や、自然にある恵みを利用すること。季節によって変わるくらし。現代の人が置き去りにしてしまった営みを、これから続けていきたいという想いを抱いて彼女は進む。香美ならば、夏は豊かな緑が、冬は白銀の世界が取り囲む。都会にいたころに見えなかったコントラストがここにはある。

「薪で火を起こした灰は、畑にもまくし、紙漉きにだって利用できる。くらしのすべてがつながってる。これからもつながっていくこと、つながっていきたいことがまだまだたくさんあるんです」

初めての田舎ぐらし、彼女が挑んでいきたい分野は、フィールドのあちらこちらにまだ潜んでいるようだ。

 

「程よくほっておいてくれて、程よく気にかけてくれる、ちょうど良い具合」

神戸から知り合いもいない香美に移住、様々な分野に挑戦する彼女をいつも見守り、程よい距離感でつながる。見守り、受け入れてくれる地域の人の存在が、彼女の挑戦を後押しする。

 

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