西尾工務店の一級建築士でありながら、 自然の中に最高の遊びを求めて『おもろく生きる』。

西尾工務店の一級建築士でありながら、 自然の中に最高の遊びを求めて『おもろく生きる』。

 地元工務店の社長でありながら、カヌーを作ったり、きのこ狩りや、罠で仕留めたイノシシや鹿のお肉を美味しそうに食べていたりと、とにかく『面白い人』がいる!という情報を元に西尾さんを訪ねました。  
噂通りの『面白い人』!
楽しむことが一番の原動力。行動力と探求心、検証の姿勢が基本にあり、たくさんの引き出しを持ち、
仕事も趣味も何でもない時間さえも、「全て楽しい!」という西尾さんに、自然と仲良くなる『遊び』についていろいろ教えてもらいました。

 

『おもろく マジに 美しく』

 兎塚(うづか:村岡区兎塚地区)で生まれ育った西尾さんは、山育ちのためか海に対する憧れが強く、子供の時は年に一度ほど親に連れられて行く海で、海の物をなんでもかんでも拾って帰っていたそう。
「川魚も好きで、橋の上から一日中でも魚の様子を見ていられるほど。釣りは小さい頃から好きでした。親の教育方針から何かほしいと望んでも買ってもらえたわけではなかったので、その頃からなんでも自分で作るしかない!と自分でいろいろ試行錯誤して作っていました。欲しいものは自分で作る!そんな子どもでした。」    

 建築の勉強のため地元を離れ、大阪で就職。そこで学んだのは、仕事の中にも『遊び心』が大事ということ。 西尾工務店のホームページに掲げられてるモットーは『おもろく マジに 美しく』。   
『バカなことを真剣に考える。でもクオリティーは高く。』これは仕事だけじゃなく、人生全てにおいてそうで、『おもろく マジに 美しく』が全うできれば、人生最高だと思う。」と西尾さん。  
変わった依頼のお仕事にも、難しい依頼にも真剣に向き合って、アイデアやひらめきで様々なものを作っておられます。きっと西尾さんにとって不可能なんてないのかも。どうにかして可能になるように考えてくれそうな柔軟性があります。
 「遊びも仕事も全て同じ感覚になってきて、ボーダーラインがなくなってきている(笑)。だから、全てが楽しい。全ての時間を楽しんでます。」

西尾さんの本業 西尾工務店のお仕事風景

 

「ここって何でもあるなぁ!」自然の贅沢さは住んでみてじわじわと実感。

 毎日山に入り、自然が身近にある西尾さんですが、自然の贅沢さに気が付いたのは再び村岡に戻ってきてからだそうです。
 「少しずつ、じわじわと。山がすごくきれいだったり、夏の夜の涼しさだったり、住んでいてじわじわと良さを感じてきました。自然がこんなにも贅沢だったんだと気が付いたんです。
今、都会に出ている息子が帰省したときに『ここって何でもあるなぁ!』と言ったことが全てだと思います。自然の中には宝物がいっぱいあるんです。」

西尾さんの撮影された美しい兎塚の風景

 

ハンター(狩猟)をして、山の中の生態系を深く知り、より山が好きになった。

 罠の狩猟免許を取ったのは、そんな自然の面白さをもっと楽しみたいという思いから。
「釣りは小さい頃から好きだったし、山のもの、天然の食べ物に興味があったので、イノシシやシカのお肉を食べたいなぁっていうところからはじまりました。
「美味しい肉を食べたい!」なら「自分で仕留めよう!」と、罠の狩猟免許を6年前に取りました。

 罠は山に10箇所ほど仕掛けているので、毎朝6時から山に入って、山の中をうろうろと巡回しています。
毎日山に入っていると、だんだんと動物の習性や土の削れ方などわずかな変化で、獣の通り道がみえてきて、今はあの手この手のだまし合いを楽しんでいます。」

  初心者にはかなりハードルが高そうな狩猟ですが、なんと止め刺しなど、狩猟の細かい手ほどきは意外にもyoutubeなどのインターネットで勉強したそうです。
近年、香美町では急激にシカが増え、農作物の被害なども増えています。野生鳥獣と人が共存していくためにも、狩猟は重要な役割を担っています。実際、この6年間で若い人の狩猟人口も増えてきているそうで、狩猟を始める若い女性も増えてきているとか。 移住してきた人が免許を取るのも珍しくなく、獣害駆除での狩猟は収入源にもなるので、これを生業にするのもありかもしれません。

西尾さんの使用されている罠がこちら

 

香美町の自然はプライスレスもいいところだ!

 「山に入っていて思うのは、自然の生態系の豊富さ。雪も多い地区で、標高も高い、朝晩の寒暖差もあり、そういう自然的な要因も揃ってか、村岡や兎塚の食べ物はすごくおいしいです。
 それに美方郡のシカは美味しいと思います。山の中にいっぱいある笹を食べて、山のものをたくさん食べているから。
  アナグマやイノシシ、シカ、ハクビシン、タヌキ、ウサギ。山の中には市場に出回らない面白いものがいっぱいある。
 山菜もそうだし、きのこなども。いろいろ獲って食べました。鹿カツ丼を作ったり。
自然の中にある面白さ、自然の生業。天候によって味が違ったり、真っ赤でいかにも毒キノコっぽいものが食べられたり、きのこは冷凍した方が風味がまして美味しくなるとか。
もう、車で3分で非日常の世界が広がっている。すごく贅沢なことで、都会の人から『羨ましい!』といつも言われています。香美町の自然はプライスレスもいいところだと思う!」

  西尾さん×山での話は尽きることがありません。
「みんな狩猟の話にはすごく食いつくんです。クマの話やハクビシンうまい!とか(笑)建築の話させろーって思います。」  

 シカやイノシシ、山のものにも実はそれぞれ旬があって、秋の繁殖期直前のイノシシは脂がのっていて本当に美味しいのだとか。
 でも山の恵みをいただいている立場。キノコなど乱獲すると山が怒っているような気がするので必要な分だけいただくようにしているそうです。
山を愛しているからこその、自然との共存の仕方、楽しみ方を学ばせていただきました。

手作りシカ肉のローストベニソン
収穫したキノコ

 

初めてのカヌー作り。

何でもやってみたら、できないことはない!新たな挑戦が仕事にもいかされている。

 西尾さんの挑戦のひとつにカヌー作りがあります。
どんな経緯でカヌー作りが始まったのでしょうか? 

 「2007年、旧兎塚中学校の総合学習として、学校林の間伐材を利用して何か作れないだろうかという話があり、作ったことないけど、カヌーを作ってみよう!と思い、そこから図面を取り寄せて、とりあえず試作してみることに。
最初はわからなくて失敗もたくさんしましたが、なんでもやってみないとわからない。
とりあえずやってみる!そしたらできないことはないなぁと思えました。このチャレンジは仕事にも生かされることがあったりして、自分にとってもすごく大きな経験になりました。」

  雪の残る山で間伐材の伐採から中学生も関わり、西尾さん指導のもと、4m80cmのカナディアンカヌーを3つ作ることに成功。
生徒だけじゃなく、先生、保護者(PTA)、地元の人(区長さんや製材屋さんなど)みんなで協力してものづくりの楽しさをみんなで分かち合いながら作った最初のカヌー。

「やっぱり、できたら進水式もしたいなぁと、矢田川まで運んで中学生と進水式もしました。みんなすごく喜んでくれて、本当に嬉しかった。」

学校林の間伐材で、自分たちでがんばって作ったカヌーに乗るという体験。中学生にはとても貴重で素晴らしい経験になったことでしょう。

その完成したカナディアンカヌーは今でも村岡区町民センターと、木の殿堂に展示してあるとのことです。 

その後もカヌープロジェクトは続き、建築士会の事業でチーム戦で5.1mものカヤックを作ったり、香住高校の生徒さんと授業の一環でカヌーを作ったり、その後も海のゴミ拾いのボランティア活動や進水式を企画したり、いろいろな仕掛けも盛り込みながら、地域とのつながりをカタチにされてこられています。

 「カヌーを作ってる時はみんな夢語るんですよねー。男女で「カヌー作り」したら婚活にもなる。回数を重ねて共同作業することで、頼りになるところが見えたりして。カヌーを作ることで、面白い人もどんどん集まってきて、交流の場にもなった。何度も訪れて制作するので、交流人口を増やすのにもすごく向いていると思いました。」

プライベートでもカヤックを作る西尾さん。どんどん進化して、生け簀のあるカヤックを作って自分のつくったカヌーで釣りを楽しんだり。 と、もう夢の世界です!かっこよくて羨ましすぎます。

「3つの町が合併した香美町、流れている川が矢田川で繋がっていく、その川をカヌーで下るのも面白そう。」 今年もカヤックをトラックに積んで、海まで出かけて楽しまれたとか。いつか矢田川カヌー下りも実現して欲しいです。  

 

本当の贅沢は無限大な遊び場がすぐそばにあること。

 プライスレスな自然。遊び方は無限大で、本当の贅沢とはこういうことなんだと改めて感じました。
 最後に田舎遊び、田舎を楽しむコツを聞いたところ『貪欲に探すこと』と教えてもらいました。
探せば面白いことがいろいろ見つかる、そんな宝の山をいろいろつついてみる行動力と、好奇心。
楽しいことは自分から探しにいかないと。でもきっと見つかる。そんな香美町での暮らし方をたっぷり教えてもらいました。
本当に楽しんでいる人のキラキラした目で語る『面白い人』。まだまだ伝説を作ってくれそうです。ありがとうございました!

 

<著者:香美町町民ライター 中村 美和子>

 

香美町役場企画課調べ / 狩猟免許などご興味がある方はこちらへ

山と森を愛するレンジャーたちへ兵庫県猟友会

http://hyogo-ryoyukai.sakura.ne.jp/

スッポンに導かれ始まった、新しい暮らし

スッポンに導かれ始まった、新しい暮らし

三重県からIターン移住した村上さん。新しい仕事に思いをかけて、香美町にやってきました。長年培ってきた板前のスキルを捨てるのも悩まなかったのは、スッポンのおかげでした。移住後の村上ファミリーは自然のちょっとした変化にも感動し、日々の暮らしを楽しんでいます。情報過多の現代、自分のアンテナを大切に人生の選択していく潔さを感じました。

 

———–スッポンの養殖をするために、小代に来られたとのこと、きっかけはなんだったのでしょう?

三重県桑名市の出身で、寿司・割烹料理店で板前として長く勤めていました。

20代の頃、馴染みのお客さんにご自宅で闘病中の方がおられました。店に来られたある日、スッポンが食べたいとのご希望があり週1回のペースでスッポン料理を出していたところ、目に見えて顔色が良くなり回復していかれたのです。他の要因もあるかもしれませんが、身近なこの体験でスッポンは身体に良いだけでなく、それ以上の高機能な成分があるのだなと驚きました。

そんな時にメディアで取り上げられた兵庫県の増田さんの記事をたまたま読みました。やはりスッポンの威力は大したものだなと、思ったものでしたが、当時はそこまででした。

 転機は、そんな経験の何年もあとに起こったコロナ禍のあおりを受けて勤めていた店が閉店してしまい途方に暮れていた時でした。

板前としての毎日は、一日中外の空気に触れることなく、人の相手ばかりです。仕事は朝早く不規則でまだ小さい3人の子どもたちや家族ともすれ違いでした。もともと自然や生き物が好きでしたし、ここで思い切って環境を変えてスッポン養殖に携わってみたい、と増田さんのおられる香美町へ連絡してみました。ダメでもともと、何かきっかけがあればと思ったのですが、たまたま今年から地域おこし協力隊にスッポンを扱う内水面組合の枠が始まる、とのことを伺いました。もう、びっくりで、家族とも相談しましたがすぐ応募しなんとか隊員として雇ってもらえました。

スッポンの卵の管理を行う村上さん

 

—-コロナ禍の打撃は辛いものでしたが、そこで奮起して全く別の道に飛び込んだわけですね。暮らしの違いは?

 偶然が味方してくれましたね。また来てから知ったのですが、増田さんも昔は寿司職人であったとのことで、共通点があり嬉しかったです。 

 住居については、何も手がかりの無い香美町でしたが、空き家バンクで家族5人が住める広い一軒家が見つかりました。村岡高校の近くにあり比較的便利な場所ですが、自然の風が気持ちいいので開けっ放しが多いです。ちぎれ雲が山の側でゆっくり動く様を眺めても、ホタルが家まで入ってくる灯を追っても、「毎日、こんな幸せでいいのかな」と思うくらい、暮らしの面では満足です。

 趣味も変わりました。以前はゴルフや旅行でしたが、今は興味がなくなり自然と触れ合うのが気持ちいい。ニワトリやうさぎを飼って世話したり、畑で季節の野菜を作ったり。近所の方に網の張り方などコツを教えてもらい、親切にしていただいています。同じ三重県出身の妻もこの環境を楽しんでいて但馬をあちこち出歩いて、好きなスポットを見つけて教えてくれます。

 

村上さんの奥さまの書かれた記事はこちらから↓

香美町へ移住してきて

 

——スッポンを育てる経緯について、経験40年の内水面組合長・増田さんに伺います。

 

 まず室温を一定にした、静かな部屋に親スッポンのオスとメスがいます。ここで卵が産まれたら、すぐ横にある温度管理をした産卵箱(孵化所)にそっと運びます。ここで孵化した赤ちゃんは25度の水温にした水槽に入れてやります。赤ちゃんは、人間の指の第2関節くらいしか無いですが、一定の大きさまで育つと次は豊富に湧出する温泉水を張ったビニールハウスへ移動させます。

同じ環境で同じ時期に産まれても、スッポンは個体差もあり傷つけあわないよう気をつかいます。噛み付くし、身体能力が高く素早く動くので、たまにハウスから脱走する輩もいます。

生まれて数日のスッポンの赤ちゃん

ビニールハウス内の「エサ台兼甲羅干し台」のスッポン

 始めた頃は19度の温泉水でしたが、色々試す中でスッポンは水温が30度あると約1年で出荷できる大きさに生育することがわかりました。温度を上げるためにボイラー設備も試しましたがこれは温泉水の成分が機械を破損させるし、燃料費も高額になり現実的ではなかったですね。そこで現在は温泉水が26度まで上がるビニールハウスで育てていますが出荷までに3年かかる。理想の水温30度までのあと4度を無理なく上げるため、太陽光はどうかと研究中です。4度の壁を超えられたら出荷率は大きく延びるはずです。

ビニールハウス内の養殖場

湧き出る温泉水を利用 プラス4度欲しいところ

 

 一度に産まれる卵が2,000個くらいですが、孵化するのは約半分です。しかしその後は成長や個体差に合わせて環境を変えても、ほぼ全て3年で出荷できるまでに成長しています。最後は、泥抜きのために清水に入れて生きたまま出荷しています。(取引先は地元の料理屋、鳥取、神戸など)

丹精込めて育てているので単に売り上げをあげるだけでなく、顔の見える常連さんを作りたいですね。

一つ一つ手作りのマムスポニン

養殖したスッポンで創り出される美味しそうなすっぽん料理(写真提供:料理旅館 大平山荘)

 

大平山荘(おおなるさんそう)邊見裕作さん 直子さんの記事はこちらから↓

https://kamicho-ijyu.com/oonaru/

 

 

——手間のかかるスッポン養殖ですが、実際働いてみてのご感想と、抱負を村上さんに伺います。

 増田さんは、40年にわたりスッポンを卵から養殖されそのご苦労を思うと頭が下がります。事務所横の施設ではチョウザメ養殖もされておりチャレンジ精神旺盛で、本当にタフですね。忙しくてもいつも笑顔でゆったりと接してくれます。

現在の私の仕事は、スッポンの卵の世話、老朽化してきた施設の修繕、水温の管理などであちこちに動き回っています。隊員の任期を終えたらこちらに雇ってもらいたいと思っているので、地域おこし協力隊の任期3年の間に事業を軌道に乗せたいです。今は微力ですが少しずつ増田さんから技術を伝授していただき片腕になれたらと思います。

 

 また、マムシとニンニク、スッポン等をブレンドした無添加の「マムスポニン」というサプリメントも長年製造していますが、これはニンンクの皮をていねいに剥くなど手間と時間をかけて粉末にしたものをカプセル状に仕上げた商品です。身体にやさしく健康増進、美容にも良いので販路拡大も考えていきたいです。

 増田組合長、これからもよろしくお願いします!

(著者:香美町町民ライター)

 

 

 

「暮らしを綴る」 はじめました

 

「香美町に移住した人たちはどんな暮らしをしているの?」

そんな声にこたえる新しい企画をはじめました。

その名も「暮らしを綴る」。

香美町に移住した皆さんが、香美町での暮らしを等身大の目線で、自身の言葉で綴ります。

これまで取材形式で香美町での暮らしをお伝えしてきた「暮らしを聞く」とは一味違うコンテンツとなっています。

あわせてお楽しみくださいませ。

 

「暮らしを綴る」|https://kamicho-ijyu.com/lifestory/

「暮らしを聞く」|https://kamicho-ijyu.com/category/flag-story/

「働く」ページがリニューアルしました

「働く」

WONDER KAMIの「働く」ページがリニューアルしました!

これまでの求人企業インタビューと支援施策の情報に加えて、香美町の企業情報が検索できるようになっています。

ぜひご活用ください。

I・Uターンで介護職員になりませんか?(引っ越し費用・家賃助成)

Iターン・Uターンをして香美町の介護保険事業所に新たに介護職員として就労された方の引っ越し費用と家賃の助成を行います。香美町で介護職員になりませんか?

 

◎詳しくはこちら

I・Uターンで介護職員として就労された方の引っ越し費用、家賃を助成します(香美町HP)
https://www.town.mikata-kami.lg.jp/www/contents/1619603565939/index.html

 

◎助成額

引っ越し費用助成:10万円を上限に100%助成

家賃助成:月々の支払家賃に対して上限2万円をひと月ごと36か月間助成

 

◎さらに助成金も!!

新たに介護職員として就労された方に助成金を交付します(香美町HP)
https://www.town.mikata-kami.lg.jp/www/contents/1502863922734/index.html

 

お問い合わせ先 香美町福祉課 介護保険係(0796-36-4345)

 

「香住でやらんな、意味無いやん」

「香住でやらんな、意味無いやん」

コロナ禍前の2020年はじめ、本庄弘和(ひろかず)さん(40)、裕子(ゆうこ)さん(38)ご夫妻が香住で「パン屋」をやろうと決めた時、奥さんの裕子さんから出た言葉「香住でやらんな、意味無いやん」

豊岡や城崎、竹野など、近くに観光商業地もたくさんある中、2人が香住で働く決断をしたのには、実はいくつもの理由がありました…。

( 美味しそうなパンが並ぶCRUMBのショーケース

(本庄弘和さん、裕子さん)

―いつかは香住に―

 弘和さんは香住生まれの香住育ちでしたが18歳から専門学校に通うため大阪で1人暮らしを始め、イベントの仕事などを経験。東大阪市に住む裕子さんと出会いますが、10年前に香住にUターンし、香住と東大阪の遠距離恋愛がスタート。Uターン当初は旅館の手伝いや観光ガイドなどをしていたけれど、次第に結婚を考えるようになり、豊岡で就職を決めた際に裕子さんを香住に呼んで結婚!すぐに長女を授かり、幸せいっぱいのご家族。コロナ禍の2021年1月、夫婦2人で香住駅前のパン屋さん「CRUMB bread & coffee」(クラム)をオープンされました。

「こっちで就職して頑張ってたんですが、このまま会社勤めで行くよりどうせなら自分たちでやってみたいなあって思ったことと、子どもの頃、香住の駅前通りもたくさんお店があったことを憶えてたけど、今は香住の町が段々と寂しくなっているのも気になってました。お年寄りや町の人が集まれるコミュニティが必要なんじゃないかなぁって。じゃあ自分たちにできることは何?って考えた時、せっかく奥さんがパン作りの技術を持ってるから、それを活かせたらいいなと…。」穏やかでおとなしい印象の弘和さん。大阪で暮らしている時にも「いつかは香住で暮らそう」と密かに思っていたとか。

―コネクション―

「Uターンで暮らすとしても、やはりコネクションは重要ではなかったですか?」との質問に、「高校卒業してから大阪だったし、帰ってからは豊岡勤めだったので、コネクションというのは正直少なかったです。でも、奥さんがこっちに来て、自宅でヨガ教室をしてくれたおかげで、同級生にも再会して、どんどんコネクションが広がった感じです。最初は『ヨガ頑張ってるんだなぁ〜』ってくらいで、一緒にやることも無かったですし、正直、あまりヨガには興味は無かったですからね(笑)」

「あとはそうですねぇ…、父が役場で、母が香住病院で働いてたので、実家の近所にある、このお店の大家さんの信頼はあったと思います。」裕子さんが香住に来てくれたことで、とても心強くなったと同時に、一家の主としての責任感も感じてきた弘和さん。奥さんの繋がりが、お店を開店するきっかけにもなったことに感謝。知識も経験もほとんど無かった「コーヒー」も、一から勉強したそうです。

 

―ヨガとパンー

 パンが好きで、パンのお店を開くのが夢だったという裕子さん。もちろんいろんな気持ちの時期も訪れ、26歳で営業事務の仕事を始めたり、いくつかの職種を経験したそうですが、やっぱり夢を捨てきれず、気づけばまたパン屋さんで働いていたとのこと。

また、大阪にいる頃からヨガにも興味を持ち、香住に移住して2ヶ月で自宅を使ってヨガ教室を始められました。「都会ではフリーランスの講師を企業などが業務委託してるパターンが多いですが、こっちはそういう企業も無いし、自分でやろうって思って。ライフワークとしてヨガを取り入れてもらえるようなスタイルで、自宅でやったり、生徒さん宅でやったりですね。」

ヨガ教室は都会にはありふれていても、田舎にはなかなか無い分野。自ら切り開いて続けていくのも大変だったのでは?と聞くと「香住だけじゃなくて豊岡でもレッスンをしていて、どちらかというと豊岡で知り合った人の方が多かったです。教室を開いてすぐに妊娠したので、大変なこともありましたけど、楽しくやらせてもらってました。このお店の2階でもヨガをやろうかと話してましたが、今はそれどころじゃないですね…(笑)」

( ヨガの先生でもある裕子さん 今はパン作りに専念 )

―ベクトルの向きが同じに―

「今、子どもが通う保育園も満足していて、その繋がりを通して広がった仲間と町の活性化を少し意識するようになって、夢だったパン屋を香住でできたらいいなという思いが強くなりました。ヨガのつながりは豊岡の方が多かったから、豊岡でも考えましたが、他にもパン屋さんはあるし、どうせやるなら香住の特色を生かせるパンも作っていきたいとも思いました」町が寂しくなってきていると感じていた弘和さんと、町の活性化を考えていた裕子さん。2人が香住へ移住することで、自分たちの居場所が見つかり、ベクトルが同じ方向に向いたことが、お店をやるための大きな「きっかけ」となり、「目的」が明確になったと言えるでしょう。

―ふわふわした感じ―

2020年はじめ、新型コロナが蔓延、お店の構想段階の時には、1回目の緊急事態宣言が出されていた。最初は空き家バンクで探していた物件に決めようと思っていたが、莫大な費用が掛かることが分かり断念…。やっとのことで見つけた今の物件は、近所のつながりから紹介してもらえたとのこと。弘和さんが幼少の頃、たくさんお店が並んでいた香住駅前で「本屋さん」だった建物!自宅からも近いので、ここに決定!

改装工事は、町内の建築屋さんで弘和さんの同級生のMさんにお願いし「少しでもコストカットしたいならDIYは?」と提案され、床のシート剝がしなどから、ほとんどを自分たちでやることに。

「『え、これって全部人力でやるものなん?機械とかネットで探したらあるんちゃうん?』ていう工事でしたねぇ~、ホントに。こんな仕事してるM君大変やろなぁって…。天井の解体作業の時なんて、私らはゴーグルとかマスクで完全装備してコツコツやってたけど、それを見てたM君が『これは手伝ってやらんと間に合わへんわ』と思ったのか、おもむろに何の装備もせずに天井をバリバリ―ッ!って解体し始めたときはビックリ!(笑)しばらく2人でボーッと見学してました(笑)」世話好きな同級生Mさんに感謝です。

「壁のペンキ塗りも親戚や友達を誘ってみんなでやりました。本当はもっと公募してやりたかったけど、時間の余裕がなかったなぁ~」解体から施工、開店準備まで、お店ができていく過程を、ずっとSNSで公開して共有していたことも、みんなの注目を集め、集客に繋がったと裕子さん。

( 友人の助けも借りながらのペンキ塗りの様子 )

パン製造の機械は、新品同様の中古品を選択。購入前にお店に赴き、試作してから検討するのが本来の流れだけれど、コロナの影響などで断念。いちかばちかのLINEだけのやりとりで購入。「開店前の準備はいろんなことが同時に起こって、オープンした今でもなんか頭の中がふわふわした感じです。お店のコンセプトも最初は『カフェでパンを食べられる店』だったのが、コロナ禍で『テイクアウト』を意識するようになって『お茶ができるパン屋』に変更しました」

そして2021年1月16日にオープン!

「コロナに負けずにオープン!」ということもあり、各メディアにも紹介され、一気に町の話題に!

( 素敵な内装の店内 )

−「実感」−

オープン後はどうですか?の質問に、

「おかげさまで、いろんなところで紹介してもらえてありがたいです!SNSで『やってくれてありがとう』とか言われたときは嬉しかったし、少し驚きました。自分たちがやりたいなと思ってやったことが、そんなに周りの人のためになってるんだ!って」と裕子さん。

「最初は無かった『香住愛』『郷土愛』みたいなのが、お店をやり始めてだんだんと芽生えてきました。香住でやってよかったなと思います。昔はたくさんあった駅前の商店街の賑わいが少しでも戻れば…。あとは駐車場を確保できるようになればなぁって考えてます。」と弘和さん。

クラムさんには、地元の食材を生かしたパンなどもあり、これからも楽しみな要素がたくさん!

「香住でやらんな、意味無いやん」で、香住の町がさらに元気になれますように。

(町民ライター 池本 大志)

香美町の記事がU-bokuに掲載されました!

香美町の紹介記事がU-bokuに掲載されました。
香美町の特徴や移住者のインタビューが紹介されています。

多彩な魅力があふれる兵庫県香美町で自分らしいライフをスタートしませんか?

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