スッポンに導かれ始まった、新しい暮らし

スッポンに導かれ始まった、新しい暮らし

三重県からIターン移住した村上さん。新しい仕事に思いをかけて、香美町にやってきました。長年培ってきた板前のスキルを捨てるのも悩まなかったのは、スッポンのおかげでした。移住後の村上ファミリーは自然のちょっとした変化にも感動し、日々の暮らしを楽しんでいます。情報過多の現代、自分のアンテナを大切に人生の選択していく潔さを感じました。

 

———–スッポンの養殖をするために、小代に来られたとのこと、きっかけはなんだったのでしょう?

三重県桑名市の出身で、寿司・割烹料理店で板前として長く勤めていました。

20代の頃、馴染みのお客さんにご自宅で闘病中の方がおられました。店に来られたある日、スッポンが食べたいとのご希望があり週1回のペースでスッポン料理を出していたところ、目に見えて顔色が良くなり回復していかれたのです。他の要因もあるかもしれませんが、身近なこの体験でスッポンは身体に良いだけでなく、それ以上の高機能な成分があるのだなと驚きました。

そんな時にメディアで取り上げられた兵庫県の増田さんの記事をたまたま読みました。やはりスッポンの威力は大したものだなと、思ったものでしたが、当時はそこまででした。

 転機は、そんな経験の何年もあとに起こったコロナ禍のあおりを受けて勤めていた店が閉店してしまい途方に暮れていた時でした。

板前としての毎日は、一日中外の空気に触れることなく、人の相手ばかりです。仕事は朝早く不規則でまだ小さい3人の子どもたちや家族ともすれ違いでした。もともと自然や生き物が好きでしたし、ここで思い切って環境を変えてスッポン養殖に携わってみたい、と増田さんのおられる香美町へ連絡してみました。ダメでもともと、何かきっかけがあればと思ったのですが、たまたま今年から地域おこし協力隊にスッポンを扱う内水面組合の枠が始まる、とのことを伺いました。もう、びっくりで、家族とも相談しましたがすぐ応募しなんとか隊員として雇ってもらえました。

スッポンの卵の管理を行う村上さん

 

—-コロナ禍の打撃は辛いものでしたが、そこで奮起して全く別の道に飛び込んだわけですね。暮らしの違いは?

 偶然が味方してくれましたね。また来てから知ったのですが、増田さんも昔は寿司職人であったとのことで、共通点があり嬉しかったです。 

 住居については、何も手がかりの無い香美町でしたが、空き家バンクで家族5人が住める広い一軒家が見つかりました。村岡高校の近くにあり比較的便利な場所ですが、自然の風が気持ちいいので開けっ放しが多いです。ちぎれ雲が山の側でゆっくり動く様を眺めても、ホタルが家まで入ってくる灯を追っても、「毎日、こんな幸せでいいのかな」と思うくらい、暮らしの面では満足です。

 趣味も変わりました。以前はゴルフや旅行でしたが、今は興味がなくなり自然と触れ合うのが気持ちいい。ニワトリやうさぎを飼って世話したり、畑で季節の野菜を作ったり。近所の方に網の張り方などコツを教えてもらい、親切にしていただいています。同じ三重県出身の妻もこの環境を楽しんでいて但馬をあちこち出歩いて、好きなスポットを見つけて教えてくれます。

 

村上さんの奥さまの書かれた記事はこちらから↓

https://kamicho-ijyu.com/cms2/lifestory/9311/

 

——スッポンを育てる経緯について、経験40年の内水面組合長・増田さんに伺います。

 

 まず室温を一定にした、静かな部屋に親スッポンのオスとメスがいます。ここで卵が産まれたら、すぐ横にある温度管理をした産卵箱(孵化所)にそっと運びます。ここで孵化した赤ちゃんは25度の水温にした水槽に入れてやります。赤ちゃんは、人間の指の第2関節くらいしか無いですが、一定の大きさまで育つと次は豊富に湧出する温泉水を張ったビニールハウスへ移動させます。

同じ環境で同じ時期に産まれても、スッポンは個体差もあり傷つけあわないよう気をつかいます。噛み付くし、身体能力が高く素早く動くので、たまにハウスから脱走する輩もいます。

生まれて数日のスッポンの赤ちゃん

ビニールハウス内の「エサ台兼甲羅干し台」のスッポン

 始めた頃は19度の温泉水でしたが、色々試す中でスッポンは水温が30度あると約1年で出荷できる大きさに生育することがわかりました。温度を上げるためにボイラー設備も試しましたがこれは温泉水の成分が機械を破損させるし、燃料費も高額になり現実的ではなかったですね。そこで現在は温泉水が26度まで上がるビニールハウスで育てていますが出荷までに3年かかる。理想の水温30度までのあと4度を無理なく上げるため、太陽光はどうかと研究中です。4度の壁を超えられたら出荷率は大きく延びるはずです。

ビニールハウス内の養殖場

湧き出る温泉水を利用 プラス4度欲しいところ

 

 一度に産まれる卵が2,000個くらいですが、孵化するのは約半分です。しかしその後は成長や個体差に合わせて環境を変えても、ほぼ全て3年で出荷できるまでに成長しています。最後は、泥抜きのために清水に入れて生きたまま出荷しています。(取引先は地元の料理屋、鳥取、神戸など)

丹精込めて育てているので単に売り上げをあげるだけでなく、顔の見える常連さんを作りたいですね。

一つ一つ手作りのマムスポニン

養殖したスッポンで創り出される美味しそうなすっぽん料理(写真提供:料理旅館 大平山荘)

 

大平山荘(おおなるさんそう)邊見裕作さん 直子さんの記事はこちらから↓

https://kamicho-ijyu.com/cms2/oonaru/

 

 

——手間のかかるスッポン養殖ですが、実際働いてみてのご感想と、抱負を村上さんに伺います。

 増田さんは、40年にわたりスッポンを卵から養殖されそのご苦労を思うと頭が下がります。事務所横の施設ではチョウザメ養殖もされておりチャレンジ精神旺盛で、本当にタフですね。忙しくてもいつも笑顔でゆったりと接してくれます。

現在の私の仕事は、スッポンの卵の世話、老朽化してきた施設の修繕、水温の管理などであちこちに動き回っています。隊員の任期を終えたらこちらに雇ってもらいたいと思っているので、地域おこし協力隊の任期3年の間に事業を軌道に乗せたいです。今は微力ですが少しずつ増田さんから技術を伝授していただき片腕になれたらと思います。

 

 また、マムシとニンニク、スッポン等をブレンドした無添加の「マムスポニン」というサプリメントも長年製造していますが、これはニンンクの皮をていねいに剥くなど手間と時間をかけて粉末にしたものをカプセル状に仕上げた商品です。身体にやさしく健康増進、美容にも良いので販路拡大も考えていきたいです。

 増田組合長、これからもよろしくお願いします!

(著者:香美町町民ライター)

 

 

 

「暮らしを綴る」 はじめました

 

「香美町に移住した人たちはどんな暮らしをしているの?」

そんな声にこたえる新しい企画をはじめました。

その名も「暮らしを綴る」。

香美町に移住した皆さんが、香美町での暮らしを等身大の目線で、自身の言葉で綴ります。

これまで取材形式で香美町での暮らしをお伝えしてきた「暮らしを聞く」とは一味違うコンテンツとなっています。

あわせてお楽しみくださいませ。

 

「暮らしを綴る」|https://kamicho-ijyu.com/cms2/lifestory/

「暮らしを聞く」|https://kamicho-ijyu.com/cms2/category/flag-story/

「働く」ページがリニューアルしました

「働く」

WONDER KAMIの「働く」ページがリニューアルしました!

これまでの求人企業インタビューと支援施策の情報に加えて、香美町の企業情報が検索できるようになっています。

ぜひご活用ください。

I・Uターンで介護職員になりませんか?(引っ越し費用・家賃助成)

Iターン・Uターンをして香美町の介護保険事業所に新たに介護職員として就労された方の引っ越し費用と家賃の助成を行います。香美町で介護職員になりませんか?

 

◎詳しくはこちら

I・Uターンで介護職員として就労された方の引っ越し費用、家賃を助成します(香美町HP)
https://www.town.mikata-kami.lg.jp/www/contents/1619603565939/index.html

 

◎助成額

引っ越し費用助成:10万円を上限に100%助成

家賃助成:月々の支払家賃に対して上限2万円をひと月ごと36か月間助成

 

◎さらに助成金も!!

新たに介護職員として就労された方に助成金を交付します(香美町HP)
https://www.town.mikata-kami.lg.jp/www/contents/1502863922734/index.html

 

お問い合わせ先 香美町福祉課 介護保険係(0796-36-4345)

 

「香住でやらんな、意味無いやん」

「香住でやらんな、意味無いやん」

コロナ禍前の2020年はじめ、本庄弘和(ひろかず)さん(40)、裕子(ゆうこ)さん(38)ご夫妻が香住で「パン屋」をやろうと決めた時、奥さんの裕子さんから出た言葉「香住でやらんな、意味無いやん」

豊岡や城崎、竹野など、近くに観光商業地もたくさんある中、2人が香住で働く決断をしたのには、実はいくつもの理由がありました…。

( 美味しそうなパンが並ぶCRUMBのショーケース

(本庄弘和さん、裕子さん)

―いつかは香住に―

 弘和さんは香住生まれの香住育ちでしたが18歳から専門学校に通うため大阪で1人暮らしを始め、イベントの仕事などを経験。東大阪市に住む裕子さんと出会いますが、10年前に香住にUターンし、香住と東大阪の遠距離恋愛がスタート。Uターン当初は旅館の手伝いや観光ガイドなどをしていたけれど、次第に結婚を考えるようになり、豊岡で就職を決めた際に裕子さんを香住に呼んで結婚!すぐに長女を授かり、幸せいっぱいのご家族。コロナ禍の2021年1月、夫婦2人で香住駅前のパン屋さん「CRUMB bread & coffee」(クラム)をオープンされました。

「こっちで就職して頑張ってたんですが、このまま会社勤めで行くよりどうせなら自分たちでやってみたいなあって思ったことと、子どもの頃、香住の駅前通りもたくさんお店があったことを憶えてたけど、今は香住の町が段々と寂しくなっているのも気になってました。お年寄りや町の人が集まれるコミュニティが必要なんじゃないかなぁって。じゃあ自分たちにできることは何?って考えた時、せっかく奥さんがパン作りの技術を持ってるから、それを活かせたらいいなと…。」穏やかでおとなしい印象の弘和さん。大阪で暮らしている時にも「いつかは香住で暮らそう」と密かに思っていたとか。

―コネクション―

「Uターンで暮らすとしても、やはりコネクションは重要ではなかったですか?」との質問に、「高校卒業してから大阪だったし、帰ってからは豊岡勤めだったので、コネクションというのは正直少なかったです。でも、奥さんがこっちに来て、自宅でヨガ教室をしてくれたおかげで、同級生にも再会して、どんどんコネクションが広がった感じです。最初は『ヨガ頑張ってるんだなぁ〜』ってくらいで、一緒にやることも無かったですし、正直、あまりヨガには興味は無かったですからね(笑)」

「あとはそうですねぇ…、父が役場で、母が香住病院で働いてたので、実家の近所にある、このお店の大家さんの信頼はあったと思います。」裕子さんが香住に来てくれたことで、とても心強くなったと同時に、一家の主としての責任感も感じてきた弘和さん。奥さんの繋がりが、お店を開店するきっかけにもなったことに感謝。知識も経験もほとんど無かった「コーヒー」も、一から勉強したそうです。

 

―ヨガとパンー

 パンが好きで、パンのお店を開くのが夢だったという裕子さん。もちろんいろんな気持ちの時期も訪れ、26歳で営業事務の仕事を始めたり、いくつかの職種を経験したそうですが、やっぱり夢を捨てきれず、気づけばまたパン屋さんで働いていたとのこと。

また、大阪にいる頃からヨガにも興味を持ち、香住に移住して2ヶ月で自宅を使ってヨガ教室を始められました。「都会ではフリーランスの講師を企業などが業務委託してるパターンが多いですが、こっちはそういう企業も無いし、自分でやろうって思って。ライフワークとしてヨガを取り入れてもらえるようなスタイルで、自宅でやったり、生徒さん宅でやったりですね。」

ヨガ教室は都会にはありふれていても、田舎にはなかなか無い分野。自ら切り開いて続けていくのも大変だったのでは?と聞くと「香住だけじゃなくて豊岡でもレッスンをしていて、どちらかというと豊岡で知り合った人の方が多かったです。教室を開いてすぐに妊娠したので、大変なこともありましたけど、楽しくやらせてもらってました。このお店の2階でもヨガをやろうかと話してましたが、今はそれどころじゃないですね…(笑)」

( ヨガの先生でもある裕子さん 今はパン作りに専念 )

―ベクトルの向きが同じに―

「今、子どもが通う保育園も満足していて、その繋がりを通して広がった仲間と町の活性化を少し意識するようになって、夢だったパン屋を香住でできたらいいなという思いが強くなりました。ヨガのつながりは豊岡の方が多かったから、豊岡でも考えましたが、他にもパン屋さんはあるし、どうせやるなら香住の特色を生かせるパンも作っていきたいとも思いました」町が寂しくなってきていると感じていた弘和さんと、町の活性化を考えていた裕子さん。2人が香住へ移住することで、自分たちの居場所が見つかり、ベクトルが同じ方向に向いたことが、お店をやるための大きな「きっかけ」となり、「目的」が明確になったと言えるでしょう。

―ふわふわした感じ―

2020年はじめ、新型コロナが蔓延、お店の構想段階の時には、1回目の緊急事態宣言が出されていた。最初は空き家バンクで探していた物件に決めようと思っていたが、莫大な費用が掛かることが分かり断念…。やっとのことで見つけた今の物件は、近所のつながりから紹介してもらえたとのこと。弘和さんが幼少の頃、たくさんお店が並んでいた香住駅前で「本屋さん」だった建物!自宅からも近いので、ここに決定!

改装工事は、町内の建築屋さんで弘和さんの同級生のMさんにお願いし「少しでもコストカットしたいならDIYは?」と提案され、床のシート剝がしなどから、ほとんどを自分たちでやることに。

「『え、これって全部人力でやるものなん?機械とかネットで探したらあるんちゃうん?』ていう工事でしたねぇ~、ホントに。こんな仕事してるM君大変やろなぁって…。天井の解体作業の時なんて、私らはゴーグルとかマスクで完全装備してコツコツやってたけど、それを見てたM君が『これは手伝ってやらんと間に合わへんわ』と思ったのか、おもむろに何の装備もせずに天井をバリバリ―ッ!って解体し始めたときはビックリ!(笑)しばらく2人でボーッと見学してました(笑)」世話好きな同級生Mさんに感謝です。

「壁のペンキ塗りも親戚や友達を誘ってみんなでやりました。本当はもっと公募してやりたかったけど、時間の余裕がなかったなぁ~」解体から施工、開店準備まで、お店ができていく過程を、ずっとSNSで公開して共有していたことも、みんなの注目を集め、集客に繋がったと裕子さん。

( 友人の助けも借りながらのペンキ塗りの様子 )

パン製造の機械は、新品同様の中古品を選択。購入前にお店に赴き、試作してから検討するのが本来の流れだけれど、コロナの影響などで断念。いちかばちかのLINEだけのやりとりで購入。「開店前の準備はいろんなことが同時に起こって、オープンした今でもなんか頭の中がふわふわした感じです。お店のコンセプトも最初は『カフェでパンを食べられる店』だったのが、コロナ禍で『テイクアウト』を意識するようになって『お茶ができるパン屋』に変更しました」

そして2021年1月16日にオープン!

「コロナに負けずにオープン!」ということもあり、各メディアにも紹介され、一気に町の話題に!

( 素敵な内装の店内 )

−「実感」−

オープン後はどうですか?の質問に、

「おかげさまで、いろんなところで紹介してもらえてありがたいです!SNSで『やってくれてありがとう』とか言われたときは嬉しかったし、少し驚きました。自分たちがやりたいなと思ってやったことが、そんなに周りの人のためになってるんだ!って」と裕子さん。

「最初は無かった『香住愛』『郷土愛』みたいなのが、お店をやり始めてだんだんと芽生えてきました。香住でやってよかったなと思います。昔はたくさんあった駅前の商店街の賑わいが少しでも戻れば…。あとは駐車場を確保できるようになればなぁって考えてます。」と弘和さん。

クラムさんには、地元の食材を生かしたパンなどもあり、これからも楽しみな要素がたくさん!

「香住でやらんな、意味無いやん」で、香住の町がさらに元気になれますように。

(町民ライター 池本 大志)

香美町の記事をU-bokuに掲載していただきました

香美町の紹介記事をU-bokuに掲載していただきました。
香美町の特徴や移住者のインタビューが紹介されています。

多彩な魅力があふれる兵庫県香美町で自分らしいライフをスタートしませんか?

多彩な魅力があふれる兵庫県香美町で自分らしい移住ライフをスタートしませんか?

U-bokuとは、株式会社ハイスコアが運営する、ワーケーションや地方移住に関する情報を発信する、新しい働き方や暮らし方を提案する情報メディアです。

U-boku

SMOUTにてプロジェクト公開しています

移住スカウトサービスSMOUT(https://smout.jp/)にて、プロジェクトを公開しています。

現在公開中のプロジェクトは2つ!随時受付中です。

暮らしが見える!オンライン移住相談しませんか?

何もないけど何かがある町、兵庫県香美町。地域おこし協力隊OGとおしゃべりしませんか

 

ご利用の際は無料会員登録が必要です。
チャット形式での移住相談もできます。

香美町のページはこちら 兵庫県香美町

「香美町の人は、どんな仕事をしているの?」動画公開中です

移住を考えるときの重要な要素のひとつである「仕事」。

香美町の人たちはどんな仕事をしているのかご紹介しています。

 

鳥取来楽暮カフェ「やっぱり麒麟のまちで暮らそう!」香美町のおしごと事情

 

ふるさと鳥取県定住機構チャンネルにて、
香美町周辺の地域のおしごと事情も紹介されています。

ふるさと鳥取県定住機構チャンネル