外からの風と地元の力がハチ北を面白く

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冬季には10万人を超えるスキー客が訪れる関西最大級のスキー場を有する鉢伏山の北側にあるハチ北。
中心部である香美町村岡区大笹の地域は冬場には旅館や民宿、ペンションなどが立ち並び、暮らしと観光が隣接する約40戸ほどの小さな集落です。

近年この小さな集落では地域の魅力に惹かれた移住者が増え、
地元の人たちと移住者の力が掛け合わさり、新しい動きが次々と起きています。

今回はそんなハチ北に移住され「香美町みんなのこども食堂」を営む畑中もゆるさん。
以前にも取材をさせていただいた「ハチ北ミュージックフェス」を開催するムッティーさんこと村田行信さん。
そして、ハチ北で生まれ育ち、現在は香美町役場に勤務される村岡区大笹出身の西谷勇祐さんにお話をお聞きしました。

 

人生の中で想定外。スキーに来たご縁からの移住。

大阪出身の畑中さんは、老舗大手百貨店に10年ほど勤められ、イベント運営を経験したり個人事業としてお料理教室を運営したりと若い頃からとてもアクティブに活動をされてきました。

50歳でシングルとなり、二人の娘さんも成人され、ご両親の介護もなく自由な身として生活していた中、新型コロナウィルスの影響による緊急事態宣言。人に会うこともできず、大阪のマンション周辺でランニングしたり自転車でサイクリングしたりするばかりの窮屈な生活を余儀なくされました。そんな折、畑中さんの元に1通のメールが届きます。送り主は、現在こども食堂の拠点となっている「Hachikita U Base」のオーナーさんからでした。

「Hachikita U Base」は地域への想いが強いオーナーご夫妻が使われなくなった旅館を買い取ってリノベーションした施設です。
春先から3名の高校生を受け入れて寮として運営を開始していました。
地元のお母さん方に高校生への食事を作ってもらっていましたが、そのお母さん方は皆さま宿泊業の女将さんたち。冬場の本業が忙しくなるときにどうしたものか悩んでいた折、畑中さんに白羽の矢が立ちました。
3ヶ月間お部屋が借りられてスキーし放題、その代わりに泊まり込みで高校生たちに食事の提供をお願いしたいという内容のメールに、何のしがらみもなかった畑中さんは、少しの間のスキーリゾートに来る感覚でハチ北に来てみることにしました。

そして、高校生の食事を準備しながらスキー三昧で冬をハチ北で過ごし、移住を考えたのは3月に入った頃でした。
春が近づくに連れてだんだんと、こういう暮らしもいいかもしれないと思う気持ちが芽生えます。
夏場に具体的に何をするのか決まっていた訳ではありません。その時は誰もいない大阪の賃貸マンションをほったらかし家賃だけ払い続けていました。けれどもハチ北での暮らしを思うと大阪での窮屈な生活に戻る必要はないと感じ、6月には拠点を完全にハチ北に移す決断をしました。

冬場のシーズンが終われば暇な日常が訪れるのかと思いきや、あたたかい季節になってもハチ北の暮らしはとても忙しい毎日でした。
ハチ北の人たちはよく集まっては、色々な取り組みをしています。ただの草刈りでさえ、畑中さんにとっては、とても面白いイベントの1つでした。

「何がそんなに面白いんやって言われるんですけどね。田舎のない私にとっては全てがリゾート気分です。ここはただの田舎ではありませんでした。村民全員が観光協会員であり、様々なイベントを一緒に盛り上げていくという素晴らしい取り組み。私にとってとても楽しい時間がありました。」

 

移住者だからこそできる地域の垣根を超えた役割

以前に、こちらの記事でお話を聞かせていただいたムッティーさん。

「ハチ北ミュージックフェス」と「ハチ北の人たち」に惹かれて

この春から香美町議会議員になられ、議員活動もされています。

2018年、ハチ北ミュージックフェスをきっかけにハチ北と出会い、2022年から移住。
地元の消防団や観光協会の理事など、地域に深く入り込み、仕組みから動かす胆力の必要な道を選ばれています。

ハチ北は今ではスキーの一大リゾート地として知られていますが、高度経済成長期のスキーブームが到来するまでは、山間の農村地域として農業を生業としながらの暮らしがありました。
深い雪と寒さに耐え忍ぶ冬の季節を自分たちの力で観光資源へと変えてきたハチ北の先人たち。
ムッティーさんはそんな彼らに深い敬意を抱きながら、ハチ北観光協会やハチ北ミュージックフェス実行委員など様々な取り組みを行い、スキー人口の減少を見据えた夏場のハチ北観光を盛り上げようとしています。

 

「自分はハチ北の『人』に心底憧れている」というムッティーさん。
日本がコロナ禍にあった時期、ありとあらゆる当たり前が当たり前でなくなり、都市で消費するだけの自分の力では解決できないことがあると知り、都会の暮らしに危機感を覚えました。
ハチ北の人たちのシンプルな生き物としての強さ。何かをしようというときは、阿吽の呼吸で各々マイ軽トラックに乗って集まり、マイ工具を持ち、舞台から何から自分たちで作ってしまうことが当たり前という感覚。
ハチ北の人々の全てを自分事として結果を受け止めている姿が本当にかっこよく素敵なのだと感じているそうです。

「実際に課題が見つかったとしても、やっぱり20年30年その課題と向き合ってきた人たちが感じられている奥にある理由みたいなものは、自分が感じている『普通』とは違うと思います。
まだまだ見えていない部分もありますが、リソースがない中で踏ん張ってやってきて疲弊してしまうこともあるので、自分ならこうするなってところを、音楽とか、そういう部分でしゃしゃり出てやっているという感じです。」

 

移住者と地元の相互作用

ハチ北で生まれ育った西谷さん。
大学時代は地元から離れて西宮市で過ごし、大学を卒業すると地元香美町で就職されました。
西谷さんがハチ北に帰ってきた頃は、まだスキー場にもそれなりに人が来ていた頃で、スキーがあればなんとかなるだろうという空気が地域全体にありました。
しかし、コロナ禍の影響で人の流れが一気に止まり、客足は大きく減ることになります。
さすがになんとかせねばあかんという危機感が広がっていた頃、ムッティーさんや畑中さんを始めとしたハチ北への移住者が増え、いろいろな取り組みもあってハチ北には新しい風が吹き始めました。

「ここ4、5年で雰囲気はガラッと変わりました。特に長年関わっているハチ北観光協会はムッティーさんが入り大きく変わりました。
もゆるさんもこの人は何かやるだろうなとは思っていましたが、こども食堂に昨日もたくさんの子連れ家族が来ていて——」

取材の前日には初めて夕方の時間帯にこども食堂が開催され、いつもはあまり姿を見ないお父さんも一緒に来てくれる家族が多かったそうです。
西谷さんも昨日はお父さんとしての一面を覗かせました。広い空間で子どもたちが走り回ったり、お父さんと遊んでいたりする姿を見て、いつも忙しいお母さんたちもほっこりとされていたのだとか。

常設のこども食堂を香美町全体に

夏休みに1ヶ月限定のつもりで始まったこども食堂は、香美町社会福祉協議会や地元の皆様、ボランティアで食事を作ってくれるママたちの協力のおかげもあり、「香美町みんなのこども食堂」として畑中さんを代表に団体が設立されました。
香美町初の常設こども食堂として食事の提供を月に2回、土曜日に開設しています。
お米や野菜、寄付金など、地元の皆様のたくさんのご支援によって、大人にも子どもにも1食300円で食事が提供されています。
また、小中学校のクラブ活動がない毎週水曜日には「おかえりクラブ」が15時から18時で開催され、学校帰りの子どもたちが宿題を持ち寄ったり遊んだりしています。
こども食堂を村岡区だけでなく小代区、香住区にも開設し、各区の明るいママ達が中心となり「空き家対策」「村やまちに彩を」を念頭に常設こども食堂を目指して活動を続けています。

 

産業そのものがエンターテインメント

香住、村岡、小代の3つの地域がそれぞれの特徴を個性豊かに発揮している香美町の人口は約一万五千人。
ハチ北ミュージックフェスやこども食堂など地域全体で取り組むことがとても大切。
ムッティーさんも畑中さんも外から来た自分たちだからこそ、好き勝手に巻き込んでいけるのだと話します。

香美町として合併して20年。
3つの地域が混ざり合うことがなかなか起きにくい理由は、香美町の皆さんがとってもシャイだからではとのこと。
各区のどこにでも話して見れば面白い人、かっこいい人がたくさんいるので、そこを勝手に繋げてみたり、他の地域と一緒に行うきっかけを作ったりすると本当に面白いことがたくさん生まれるのだそうです。

子育てや便利さだけを追い求めたら、都会で暮らした方が格段に有利なはずですが、それ以上に面白さ、好奇心が優っている人たちが、今、香美町には本当にたくさん来られています。
それが地域の人たちと相乗効果を生み、新たな産業として、そしてエンターテイメントとして広がりを見せています。

最後に、ハチ北への想いや未来への話を聞いてみました。

ムッティーさん:
僕自身が感じられているこのハチ北の面白さがきちんと伝われば、きっとたくさんの人が来てくれる。
その為に、きちんと実現し、文脈にし、形にして更なるフックを作っていけば、それが魅力的な人たちのアンテナに引っかかり、更に面白い地域になると思います。
地元の人たちが自分たちを卑下することなく、やってきたことの凄さを伝え、誇りを持ってもらい、一緒に楽しいことをしていく。
それを楽しいと、面白いと感じられる人が更に新しく来てくれたら嬉しいです。

 

畑中さん:
人口が少ない地域や中山間地域ほど強みがあると思います。
世界中で懸念される気温上昇、水、食料問題、そして災害列島日本。生き残れるのは地方なのかもしれませんね。娘たちにも地方をお勧めしたりしています。
便利な都会でたくさん稼いでも、生活コストがかかり、何より時間のない人が多すぎます。
60代だからこそ言えるのかもしれませんが、人が少ない地域だからこそ1人ひとりの存在が消えない。幸せと感謝に溢れた日々を過ごしています。

 

西谷さん:
役場に入ったのは地域を元気にしたかったから。
この地域を選んで来てくれて地域で何かをやりたいと思っている人たちや、もしやり方のわからない人がいればその助けになれるといいなと思います。
地元の人たちも、こんな面白い人たちがいるのだともっと知って欲しいし、そうしてその人たちが認めてくれる今の自分たちを自分たちで認めて、一緒に香美町を良くしていけたら、もっともっと伸び代は大きいと感じています。

 

今回お話を聞かせていただいたお三方がそれぞれのお互いを尊重し合い、それぞれの立場からできることを実行しているその姿に、ハチ北の盛り上がりの理由を実感しました。

畑中さん、ムッティーさん、西谷さん、今回は本当にありがとうございました!

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