(多分)雪と共に、緑と共に/楽園はどこだ

2023.03.10

       

雪だ

12月のあたま、横浜での一週間の出張仕事を終えハチ北に帰ってくると、いつのまにかこんもりと雪が積もっていた。

うそでしょ、こんなことある? 緑だった庭も紅葉していたもみじも家の前のコンクリも、一瞬目を離しただけでこんなにすべてが雪の下に……と思うとにわかに信じられなくて、その上異常に寒いし、体が雪と寒さを拒むようにぎゅっと固くなるのがわかった。

 

 

夫は私のいない間に見事にかぜを引いたという。

「でもそのかぜが治ったら体がアップデートされて、寒冷地仕様になった」とのたまうのだ。

なんだそれと思っていたらそのうち私も見事にかぜを引いて、そしてそれが治ったら、なんだかもう寒くてしかたがないと思っていたのが、どうしてだろうちょっとだけ耐えられるようになっていたのだった。

こうして体がハチ北ナイズされてゆくのか。

願わくは、急にサポート終了なんてことにはならず、ちゃんとアップデートをくりかえしてゆきたいものだ。

 

はじめての冬

予定していなかったあれこれによって家の工事はずいぶんと押して、その上とにかくもう寒くてむり、なのでとりあえず一部屋だけを仕上げた。

もともとあったいわゆる昭和の模様入りガラスを再利用して建具を作り直し(職人さんありがとうございます)、壁には漆喰を縫って(夫ががんばりました)、床にはあたらしい畳を敷いた(今の畳っていろんな色があるんですね)。

予定していなかったあれこれによって当初予定していた資金も尽き、もうニッチもサッチもいかないんだが、とりあえずこの一部屋があれば大丈夫。じゅうぶん暮らしてゆける。

壁と屋根があって、床には畳、ストーブを炊けばちゃんと暖かくなります。

あとはまあ、あったかくなったらぼちぼち考えていきましょう。

 

 

グリーンシーズンの間は、家をいじったりキャンプ場のお手伝いをしたりして過ごした。

スノーシーズンは、ハチ北温泉の手伝いをして過ごしている。

毎日夕方5時になったらハチ北温泉に行って、フロントで受付をしたり、食堂でお酒を作ったりして過ごす。

 

冬の間、この小さな村には雪を求めて夏には考えられなかったような人数が出入りする。

考えてみると、宿の人も、レンタルの人も、食堂の人も、シャトルバスを運転している人も、パトロールの人も、スクールの人も、パン屋さんの人も、みんなみんなよく知っているあの人たち、ハチ北の、村の人たちだ。

みんなでスキー場を、そしてこの冬を回している。

「臨戦体制」という感じで、夏に見せた顔とはまた違った顔をしていた。

春が来るまで、雪が溶けるまで、リフトが止まるまでは、ノンストップで動きつづけるのだ。

 

 

楽園はどこだ

1月25日水曜日、雪と寒さにも慣れかけたころ。

スキー場はピークを迎えようとしていて、夫は連日早朝からスキー場の駐車場や料金所で働いていた。

その日は全国的な大寒波の予報が出ていたのだった。

前日から雪はどんどん降り積もり、私は見たことのない雪の量にただ圧倒されていた。

夫が出かけるまでちょっと仮眠、とそのまま和室で眠った。

 

午前5時すこし前、アラームの鳴る前に目が覚める。

アラームの音で夫も目覚める。

昨晩洗面所の水道が凍っていた旨を伝えた。

夫が見に行くと、洗面所もトイレも大丈夫だったらしい。

これは思ったほどではないかも、とすこし安心。

夫が身支度をすまし、外も気になるし玄関先まで送ろうとする。

ドアを開けると、ドアの足元を覆い隠す勢いでこんもりと雪が迫っていた。

このときはまだ「やっぱりいつもより積もってるなー」くらいに思っていた。

 

昨晩仕事帰りに膝上まで積もっていた雪。

それよりも確実に降り積もっている雪を掻き分けるようにして夫が駐車場へ向かうのが見えた。

183cmある夫のふとももまで雪が積もっている。

こんな出勤無理すぎる。めっちゃ笑える。

そう思ったとき、除雪車が駐車場へ入ってきた。

大きな明かり、大きな体で、あんなにこんもり積もっていた雪を一挙に押し退けてしまう。

救世主かと思った。

これで一安心、と思う。パジャマのまま外へ出ていたことに気づき、家の中に入った。

このときはまだ、このあとが一番大変だということに気づいていなかったのだった。

 

夫、ぶじ出発できただろうか。

心配になり駐車場の見える窓から身を乗り出して見ていると、赤いランプが点っているのが分かる。

まだ駐車場にいるんだ。

でもここからじゃ、倉庫で死角になって車の様子を見ることができない。

気になるけど、パジャマのままではこのドアより向こうには進めない。

除雪もしてもらってるし、そのうち出発するでしょうとたかを括り、家の中に戻った。

さあもういっかい寝よ。

さっき沸かした湯たんぽもベッドの中に突っ込んでるし、部屋に戻ったときのためにストーブも点けたままにしている。

 

最後にすこしだけ様子を見ておこうと、家の中で一番駐車場がよく見える窓を開けてみて驚いた。

駐車場内を何度も往復する除雪車の片脇で、車の腰上まで積もった雪をスコップで掻き分けている夫が見える。

こんなの全然出発できるわけがなかった。

そうか、車の周りは除雪車も入れないのか。手で雪掻きしなきゃだめなんだ。

しかし途方もなさすぎる。

これはあまりに無理だと思い、本当に外出たくないけど、マジでマジで嫌だけど、パジャマの上からできる限りの厚着をして、下半身だけ乱暴にレインコートを履いて、まだ一度も使ったことがなかった除雪用のスコップ片手に家を飛び出した。1秒でも早く手伝わなければと思った。

 

 

家に戻ると7時を回っていた。

夫はちゃんと遅刻だし、私もすっかり疲労困憊だけれど、どこか晴れ晴れとした気持ちもあった。

 

あんなに早い時間から、何度も何度も除雪車が往復してくれた。この車もときどき温泉に飲みに来てくれるあの人が運転している。

いつもたくさんお野菜をくれるお隣さんは、小さな手押しの除雪機を出してきて手慣れた様子で家の前の道を除雪してくれた。

みんな本当にかっこいいと思った。やることやって、颯爽と去っていく姿はまるでヒーローだった。

 

なんだかわからないけど泣きながら、車の周りの全然減らない雪をスコップで掻き分け、クソッと思いながら、「でもこの雪で仕事してるんだな」と思った。

ひとり、またひとりと村人が家から出てきて、各々の家の周りや車の周りを雪掻きし始める。

言葉を交わすことはほとんどなかったが、各々がそうして各々の暮らしを守っている姿のなんと頼もしいことか。

この村をまたすこし好きになれた気がした。

 

 

福井出身の母が昔言っていた言葉を思い出す。

「雪国なんか、田舎なんか住むもんじゃない」

いやそんなことは言ってなかったかもしれない。なんだかそんなふうなことを言っていたのを、なんだかうまいこと頭の中でがっちゃんこしたのかも。

それにしても、私はとことん母の言う「こんなことするもんじゃない(しない方の人生が幸せだ)」ってことばかりやってきたな。

 

 

濡れた服を脱ぎ、凍った髪を乾かしていると、窓からふたたび吹雪いてきた景色のなか犬を散歩している人が見えて、犬も飼い主もたくましすぎると思った。

こんなふうにしてここで暮らしていくのか。雪と共に、緑と共に。

これがうわさの生活というやつ。

生活というもののこと、すこしずつ、分かりはじめたい。

 

 

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