2023春 しらない花、見知った花

2023.08.31

       

春がきていた

嵐のようなスノーシーズンも予定より一日前倒しの325日で終わりを迎え、ハチ北にも春がやってきた。

冬の間働きづめだったハチ北の人たちは、束の間の休息を味わう。

……みたいなイメージがあったのだが、少なくとも私の知っている人たちはそんなことも言っていられず、やれ片付けだの田植えだのと各々のグリーンシーズンに向け既に動き出しているようだった。

それでも「冬の打ち上げ」みたいにして酒を飲んだり、人と会ったりするような余裕も少しは出てきたように思う。

冬の間は、私の働いていたハチ北温泉の食堂に飲みに来る人以外とはほとんど会うこともなかったのだった。

 

旅館街はがらんとしている。冬のあの人だかりがまるで夢だったみたいだ。

移住するまでほとんどオフシーズンのハチ北にしか来たことのなかった私にとっては、よく知っている、いつものハチ北だった。

冬のあいだお世話になったハチ北温泉の大掃除を済ませ、これにてひとまずスノーシーズンはおしまい。

私たちもひさびさに下山し、京都に帰省したり、逆に知人たちが遊びにきたりと束の間のオフ感を味わった。

スキー場はギャンブル/忘却

ハチ北の住民曰く、積雪量かお客さまの数か、今年の冬は全然だった、らしい。

冬の間は「そうですか!? まったくそんなことありませんが!」と思っていたが、過ぎ去り、思い返してみると、なるほどアレがピークだった。

もうダメかもしれないというくらいどっさり雪が積もったのも何度かだし、働いていた温泉にしてもお客さんが押し寄せててんやわんやだというのは連休だとかピークの週末くらいのものだった。

それでも壮絶だったよな、とはもちろん思うが、どうやらこれで「全然」らしい。

観光業、とりわけオンシーズン・オフシーズンのある事業というのはなかなか危ういものだということもよくわかった。

「オン」の時期に稼がなければ土台どうにもならないのに、天気次第、雪次第でお客さんの数はぐんと変わってくる。(だからこそハチ北もオフシーズンの強化を計っているのだが)

でもそんなギャンブルじみた実態や、リアルタイムで状況を読みながら都度対応してゆくスリリングさは嫌いじゃないと思った。

喉元過ぎればなんとやら、今となっては寒くて泣いたりキレたりしていたことももはや思い出すことができず、徐々に蒸し暑くなってきた家の中、ただただ雪を恋しく思っている。

しらない花

春になり、ハチ北もあっという間にもっさりとした緑に染まる。

植物たちがいきいきと濃い緑に染まり、気づけば民宿街のあちこちでしらない花が咲いている。

野生種だろうなという素朴なものもあれば、中には明らかな園芸品種もある。

どうやらハチ北ではお客さまをお迎えするにあたり、空きスペースや道路端などに花を植える活動がいくつもあるようで、その種が風で飛ばされ野生化したのだろう。

アスファルトの隙間や川縁の崖、至るところで突然に咲く花たちの謎さ、そしてたくましさには、見かけるたびにやりとさせられる。

この春、引っ越してきてはじめてブヨに噛まれた。

寝起きに一瞬短パン半袖で外に出ただけなのに、5分も外にいなかったのに!

そうして私は気軽に外に出るのをやめた。

外に出るときにはしっかりと肌を隠す。でもそれがめちゃくちゃめんどうなのだ。

だからうちの郵便受けは、だいたい4日に一度程度にしか覗かれない。急ぎの用事はくれぐれもメールかLINEでお願いします。

それにしても、ブヨに噛まれてパンパンになった手を見せるとみんな「洗礼だ」みたいな感じでちょっとうれしそうに笑う。

かゆいし腫れるしもう二度と噛まれたくないが、焼きたてのクリームパンみたく膨らんだ手を見ていると自分でもなんだかおかしくなってしまうのだった。

ブヨは水のきれいな地域にしか生息しないらしく、つまりハチ北は水がきれいってことなのだが、もちろんブヨの数も半端ない。

外に出るときには真夏だろうが長袖長ズボンで肌を出さないことが基本だ。

ちなみにハチ北で生まれ育った人は既に噛まれまくって抗体があるらしく、ふつうに半袖半ズボンで出歩いている人もいる。

私も早く抗体を手に入れて気軽に身軽に外に出たい気もちと、しかし今から抗体を手にするにはどれだけ噛まれなければならないんだ? そんなの絶対イヤ、という気もちとの狭間でゆれつづけている。

そしてハチ北フェスが動き出す/見知った花

そして、移住してはじめてのハチ北フェス。

以前言ったとおり、私たち夫婦はハチ北ミュージックフェス、通称「ハチ北フェス」にご縁をいただきこのハチ北に移住してきた。

今年もいよいよその季節がやってくる。

ハチ北フェスはたくさんの方の協力あって成立しているが、実のところ、メインとなって運営を進めているのはたった5人ほどの集まりだ。(お仲間いつでも募集しています)

そのうち半数以上が宿業を営んでおり、冬の間は各々の仕事で手一杯、早朝から夜中まで働きづめなため、ほとんど顔を合わすこともなければミーティングなんてとんでもない。

スノーシーズンが終わり各々の後片付けがひと段落着いたら、ようやく重い腰を上げ、そこから連日ミーティングが行われる。

もう当日まで二ヶ月もない。間に合うのか。

ハチ北フェスの会場であり、私の住む「ハチ北」は、関西ではちょっと名の知れたスキー場の村。
けれど、その昔はなにもない山奥の不便なド田舎だったのだとか。
そんななんにもないド田舎から、地元の先人たちが中心となって今のハチ北スキー場やそれにまつわる産業、つまり「ハチ北」を作り上げてきた。

ここは兵庫県美方郡香美町村岡区大笹。養父市と香美町にまたがる「鉢伏山」の北側に位置する。

「ハチ北」という地名は地図のどこにもない。

「ハチ北」は私たちの住むこの40数世帯のちいさな集落の愛称であり、ひとつのブランドでもある。新参者の私はそう解釈している。

今年7年目、6度目の開催となるが、まだまだ成長途中のハチ北フェス。

実は毎年あたらしいことにチャレンジしている。

今年はあらたに「フリーお米」なるものをはじめた。

香美町は、海も山もある恵まれた町。
山の幸にも海の幸にもおいしいご飯のおともがたくさんあるはず!

そう思った私たちは、「俺らには金はねえ。でも米がある。しかもうめえ米が!」を合言葉に、ハチ北で作られたお米を無料で振る舞い、出店のみなさまには「自慢のご飯のお供」をお願いした。

ハチ北ミュージックフェスには、ハチ北だけじゃなくもっと広く地域と繋がってゆきたいという一つの夢があった。
そんな夢が叶うかもしれない一歩を、今年ようやく踏み出すことができたように思う。

おかげさまでお客さまの反応もよく、これからのハチ北フェスにとって「フリーお米」は重要な要素になる、かもしれない。

私は今年もカメラマンとして参加し、前夜祭、本祭合わせて合計5,598枚の写真を撮影した。

台風の影響で前夜祭会場が急遽変更になるというアクシデントもあったが、本祭当日は天気もよすぎるほどよく、晴れすぎるほどに晴れ渡り、なによりやっぱり音楽はいい。音が鳴り出す瞬間はなんでああも涙が出そうになるんだろう。

勝手知ったるあの悦びを、私にとってまだあたらしいこの場所で感じることができることが心からうれしい。

炎天下で朝7時から夜9時までぶっ続けで撮影を行いすっかり疲れ果てた結果、打ち上げの最後まで体力がもたなかったことが唯一の心残りだ。(お仲間いつでも募集しています)

来年も(気もち的にはその先も)、ハチ北フェスはつづく。

ハチ北フェスがいつか、自分たちが住む村、町にこのイベントがあることを誇ってもらえるような、そんなフェスになればいいなと思う。

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