
お持ちの空き家を手放したい、活用したい、どうすれば良いか分からない・・・
そんなお悩みを空き家バンク相談会で一緒に解決策を考えてみませんか?
【日 時】
令和5年8月15日(火)9:00~17:00
【場 所】
香美町役場 本庁舎3階 第3会議室
【申込方法】
前日までに電話またはメールで氏名、電話番号、希望時間、大まかな相談内容をお伝えください。
☏0796-36-1962
✉kikaku@town.mikata-kami.lg.jp

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香美町が「おいでや!いなか暮らしフェア2023」に出展します!
お近くにお住まいの方は気軽にお越しください。
日時 2023年7月22日(土)11:00~17:00
会場 OMMビル(〒540-0008 大阪市中央区大手前1-7-31)
詳しくはこちらから
おいでや!!いなか暮らしフェア|大阪ふるさと暮らし情報センター (osaka-furusato.com)

京都市内で内装(リフォーム)の仕事を自営でやっていました。住まいは金閣寺近くと二条城近くにありましたが、そこを売って香美町・佐津へやってきました。
リフォームの仕事は長年してきたので顧客もあり、やりがいもありましたが材料が高騰しているのに施工料金と合わない、などの悩みもありました。また、子どもたちの独立など、周りが変化してきた50 歳のときに、「このままでいいのかな?」と立ち止まって考えるようになったのです。これからは、ガツガツせずスローライフを楽しんでいけたら、本当にやりたいことをしていけたらと。
子どもたちとは距離が遠くなるし、仕事のことを考えると自信はなかったですが、妻から今がちょうどいいタイミングかも?と提案され、現実に移住することができたと思います。
また私の母が香美町香住区・奥安木の出身で、「故郷へ帰りたい」というようになったのも大きかったです。子どもの頃から夏休み毎に香美町の海で泳いでいて、馴染みがありました。

妻は大阪出身ですが子どもの頃、臨海学校で香美町香住区訓谷や、隣町の竹野の海を泳いでいて海の美しさに感動したと言っています。その体験から将来は海に関わる仕事がしたいと、スポーツ系専門学校へ進み在学中にダイビングインストラクターライセンスを取得しました。与論島で修行後、八重山諸島でガイドインストラクターをしていたこともあります。夫婦ともに、海が好きというのが共通していますね。
なので移住先に沖縄方面はもちろん選択肢にありましたが、但馬の四季の風景、雰囲気は最高だと感じていたので、但馬の物件にしぼって豊岡、竹野、城崎も見て回るように。住まい探しはなかなか決め手がなく苦労しました。結局、小さなスーパーや佐津駅、郵便局も近いですが静かな雰囲気の今の家に決めました。周りも穏やかな人が多いです。築70 年ですが、土台はしっかりしていたので、大工さんに入ってもらいキッチン・風呂などの水回りを全て取り替え、床の貼り替えもしてかなり本格的に。元々内装業だったのである程度自分でできました。2020 年秋頃から通いながら少しずつリフォームして、2021 年6 月には完全に移住しました。

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京都にいる時から夫婦共に釣りは大好きで自前の船を車で牽引して、琵琶湖でバス釣りなど楽しんでいました。趣味でしたが、いつかは船に乗る仕事をと思っていました。
なので小型船舶免許は元々持っていましたし、それが縁で海上タクシーに雇ってもらえることにつながりました。ゆくゆくは、日中は海上タクシーで観光案内、夜は釣り船でやっていけたらと夢を持っています。

たまたま入った香住の古民家カフェ「岡見亭」のマスターと、船の仕事ができたらなあ、くらいに世間話をしていたところ、海上タクシーの組合長をされている方に引き合わせてくれました。自分のやりたかった船のこと、小型船舶免許を持っている事などを話して、組合長を筆頭に周囲のお力添えと地元の方がたくさん応援してくれた縁によって、船を持つということが実現できました。地元の海で仕事する上で、環境のルールや海の危険についても学ぶため、カヤックとSUPの基礎指導者研修を夫婦で受講し、基礎指導者を取得しました。4 月中旬~10 月中旬まで、海上タクシーの舵をとり小さな船でしか行けない香住の海の秘境へ行き、観光のお客様に楽しんでもらっています。また『香住ジオクラブ』では、お客様が自分で楽しむカヤックのガイド補助のお手伝いもさせていただいています。
海上タクシーのオフシーズンは、主に地元の海鮮市場スタッフとして働いています。これも移住者である自分を後押ししてくださった人からの紹介で勤めることになりました。この仕事もまた、魚のこと、カニのこと、観光のお客様を中心に相手をするので、販売の仕事をしたことがない自分にはとても貴重な情報収集源となっています。

京都では和太鼓保存会に入っていましたし、せっかく移住したので祭りなど地域活動にも参加したいのですが、住まいから職場まで少し離れています(JR だと2 駅)。土日が休日ということはないので、なかなか住んでいる佐津の人たちとまだ交流できないのが残念です。少しずつ交流の場を広げていきたいです。
もちろんこちらでも釣りは続けています。メジロ、カンパチなど釣果をあげて、漁協で自分の釣った魚を競りに出すのが次の目標です。あと雪があるシーズンは、おじろスキー場でスノーボードを楽しんでいます。四季を通して、この但馬地域はアウトドアが充実しています。

香美町は本当に風景や四季折々の顔があり抜群に良い! そのキレイさに、日々の生活の中でふと景色を眺めるだけで、ハッとします。それにお米、但馬牛、魚もこれみんな香美町の?と、びっくりするくらい美味しい。
海上タクシーや、海鮮市場で町外のお客様と触れ合うことが多く、話していても「移住したい」と言われる方は結構おられます。しかし、現実にはよほど香美町が好きでないと難しいかもしれません。
今までの暮らしのルールがあって閉鎖的な感じは少しありますし、仕事が限られていることもネックになっているのかなと感じます。私たちは人が密ではなく自然の多い場所での暮らし方、やりたいことやご縁があってうまくやっていけそうですが、年々、人が減っているという話を聞くので人口減少は深刻だと思います。
もっと移住者を増やすなら、町が主導してカニなどの従来の特産に頼らず企業誘致するなど、新しい方向を考えて雇用を生むためにも、変化を嫌うことに対しての概念を、少し間口を広く持ってもらいたいです。ずっとこの土地で暮らしている方々が、自分たちの暮らす町はとても魅力のある町だと自信を持って声を上げてもらいたいです。個人の力では難しいので、仕事がもっと色々あれば広がる可能性は大きいと思います。魅力的な場所ですからね。
故郷のない私たちが香美町へ移り住みました。いつかこの町が自分たちの町と言えるように、そして「お父さんたちの好きな生き方をしたらいいやん」と、私たちの背中を押してくれた、生まれも育ちも都会で故郷のない息子たちへ、「ふるさと」と呼べる場所を作ってやりたいと思っています。
人生のターニングポイントって誰にでもやってくると思うのですが、そのポイントで大きく舵を切ることができるのは自身の思いきりだけでなく、周りの環境、家族、仕事、お金など色々と壁があるものですね。特に年齢を重ねると壁は厚くなってくるかもしれません。その壁を砕き、先の世界に行くには「これでいいのか?」と向き合う強い思いと、ご縁や巡り合わせも大事ですね。渡辺さんとご家族の実行力にエールを送ります。
(2023.1.21 筆者:香美町町民ライター)
縁結び大学(https://jsbs2012.jp/date/ijyu)にて
香美町の移住支援事業が紹介されています。
婚活中の方も、婚活はしていない方も、移住検討中の方是非ご覧下さい。
香美町の掲載記事はこちら→https://next-level.biz/enmusubi/kamicho-ijyu/

近頃はお歳を召していても、とても元気な方が多いと言われますが、このお方もその中のお一人に間違いありません。
アマチュア写真家「千﨑密夫さん」は、香美町香住区長井地区の生まれ。学生の頃から「カメラ」の虜となり、約60年という長い年月、余部鉄橋だけでなく、香住の漁師町の日常生活や、周辺の自然、特に山陰海岸ジオパークの風景なども含め、実にドラマチックな写真を撮り続けてこられています。
「月給が7~8千円の時代に、ニコンのカメラが大体5〜6万しましたかね。親父にせびったら『撮るなら世間の役に立つ写真を撮れ!』と言われました。さて、世間の役に立ったかどうか…。いやはや、ただの道楽ですよ」と話す千﨑さん。お話を聞かせていただいた場所は、自身が手掛けた受賞作品が並ぶ個展の会場。気遣いもさることながら、実に謙虚で明るく優しいお方、現在90歳を越えておられます。

「あれは昭和33年ですね。余部に養子にくることになってから、鉄橋を撮り始めました。昭和34年に余部駅が出来ましてね、それはもう嬉しかったですよ〜。余部駅のない時は、みなさん隣の鎧駅まで、鉄橋を歩いてトンネルを通って通勤してましたからね。トンネルの中に待避所があって、汽車が来たらそこに入って、じっと待っててね…」
郵便局の外周りの仕事の時などは、橋を渡り、トンネルを通って鎧駅まで郵便物を取りに行き、またトンネルを通って橋を渡って帰っていたとのこと。地上から約41メートル、鉄橋の上からの光景はさぞや恐ろしかったでしょう。
今や観光名所となった余部橋梁ですが、鉄橋時代には悲しい過去もあります。
昭和61年の年末、お座敷列車で知られた観光列車、特急「みやび」が鉄橋を通過中、強風に煽られ客車が橋から転落、真下にあった水産加工場や民家が下敷きとなり、6名が犠牲となりました。
「事故の時から被害者の方や遺族の方々が気の毒で・・。それから10年ほど、鉄橋にカメラを向けられなかったですね…」
カメラから離れていた期間、何かに取り憑かれたかのように木彫りに専念。何事にも真正面から取り組み、そこから生み出されるものは、技巧溢れる素晴らしい作品の数々、人並外れた集中力をお持ちです。

「平成16年頃ですかね、コンクリート橋梁に架け替える話が出てきて、鉄橋が見れなくなるって思うと、自然に写真に収めたくなって、再び撮り始めました」
水田に鏡のように映し出されている鉄橋の写真は、風が止むのを静かにじっと待ち、その瞬間を逃さずにシャッターを切る・・・。
好きな時に好きなだけシャッターが押せて、撮ってからすぐに写真を確認できる今のカメラとは違い、撮影後に現像して、写真になって初めて確認できる時代だった。それだけ写真は時間もお金も掛かるものであり貴重。シャッターを切る瞬間の「喜び」、現像して初めて得られる「感動」が千﨑さんの心を今でも鷲掴みにしているのは事実です。
「どんな写真が撮れるかな?と考え、それに合わせて行動するんです。思った通りの納得のいく写真を撮るために最低5〜6回は訪れてね。動かない被写体でも1〜2時間はそこにいる。現像して反省して、また撮りに行ってという日々でした。やっぱり写真にはそれぞれ物語があります」
今から10年ほど前、80歳前後の時にデジタルカメラが流行し始めましたが、それでもずっとフィルムでの撮影にこだわり続けます。
「鉄橋だった時は、汽車が通ったら時間がわかって、駅に迎えに行く時間だとか、地元にとっては生活の一部だったけど、今は橋梁になってからは、汽車の音が聞こえてこないね〜。寂しいというか・・・」

香住区余部東港から突き出た「さわりの鼻」付け根あたり。泥岩や砂岩の地層がダイナミックに映し出されている。
(千﨑密夫 写真集「驚異の原風景 山陰ジオパーク」より)
断崖絶壁をはじめ、奇岩や洞門、洞窟もさることながら、透明度抜群の美しい海岸線が広がる「山陰海岸」は、ユネスコ世界ジオパークに認定されるほどの高いポテンシャルを持つ海岸です。千﨑さんにとっては、遊び場だった山陰の海岸線。千﨑さんは、ジオパークに認定される前から、あらゆるシーンをカメラに収めてこられていました。香住の漁師の日常風景や、断崖絶壁に棲む鳥や野生の動物、風景の中に人や動物が暮らしている、動きのあるその光景にこそ価値があるといいます。
「この周辺一体が国立公園になるんだと聞いて、こりゃもっともっとアピールしていかないとって思いました。一般的なアングルじゃなくて、藪の中に入っていったり、木に登って高い位置から撮ったり、光の入り具合とか見ながらですね。かすみ丸さんにも協力してもらった。色々苦しいこともありましたが、そりゃあ楽しかった!」

香住沿岸にある、アメリカの原住民の横顔に似た「鷹巣島」に鷹(ミサゴ)が止まっている写真などは、それはそれは大変なエピソードが・・・
「少しでも写真に動きを取り入れたくてね、近くのオッパセ浜から、タイヤのチューブを板にくくりつけてカメラを載せ、海に浸かりながら、カメラを濡らさないようにゆ〜っくりと岸に沿っていきました。近くの岩へよじのぼって、鷹巣島にミサゴが止まる瞬間をじーっと狙って撮ったんです。」
「毎回が冒険でしたし、失敗もたくさんあった。木から落ちたこともあったし、カメラが波にさらわれたこともあった。鉢伏山の『昇竜の滝』の雪のあるところを撮りたいって思って、沢登りをしてたらね、滑って転んで膝の骨が見えるほどの怪我してしまって・・・。血だらけになって運転して帰ってきたこともありました。奥さんはもう呆れ果ててましたね…」

4〜5年の歳月を掛けて様々な山陰海岸ジオパークに関する写真を撮り続け山陰海岸ジオパークの写真集「驚異の原風景 山陰ジオパーク」が完成。関係者の方々にプレゼントしたそうです。「かなり喜んでもらえました。民間も頑張ってるんだという認識を、少しは持ってもらえたんじゃないかな?」


「でも、いろんなところをこうやって撮影させてもらえたのは、その地元の人のおかげです。私に土地勘がなくて危ないからと、本当に皆さん親切に案内して接してくれたんですよ。それがとっても嬉しかった。本当に涙が出るくらい。ごっつい忘れられません。今はもう膝が悪くなって、写真を撮りに行けない。私にできることは認知症予防くらいで…」
写真を撮りに行けなくなってからは、般若心経を日々綴っておられるそうです。

千﨑さんがこれまで撮影してきた写真の数々は、いつまでも余部鉄橋やジオパーク、但馬の風景の素晴らしさを伝えてくれることでしょう。
「世間の役に立ってるかどうか…。いやはや、ただの道楽ですよ」人柄が滲み出ている、この言葉がとても印象的です。

(町民ライター 池本大志)

但馬牛の産地として有名な兵庫県北部 香美町小代(おじろ)区。
1975年頃に町の活性化を目的に住民有志で出資して温泉を掘り当てたのがきっかけで、
「町の特産品をつくろう」と温泉水を利用したすっぽんの養殖を試みました。
そんなすっぽん養殖場の事業継承のために、地域おこし協力隊が着任しました。
そこで今回は、地域おこし協力隊と一緒にすっぽんの養殖作業体験・捌く・食す!ワークショップを開催します。
ひとり当たり約一匹のすっぽんを捌いて頂く予定をしておりますが、苦手な方はできる範囲での調理でももちろん大丈夫です。
ぜひご参加ください!!
日時 2022年10月1日(土)~10月2日(日)
場所 小代物産館集合・スミノヤゲストハウス解散
詳しくはこちらから
【一泊二日】すっぽんを捌いて、食す!!!!! | 移住スカウトサービス SMOUT(スマウト)

子どものころ遊んでいたあの空き地をちょっとだけおしゃれにしつらえて、夕涼みにぴったりのゆったり過ごせる空間にしてみます。
誰かの手仕事や選りすぐりに出会えるちいさなマルシェも開催予定!
少し涼しくなった夕方から、飲み物を片手におしゃべりしたり、音楽を聴きながらゆっくり過ごしたり。
夏の夜のチルアウトを楽しみませんか?
「夏の空き地ルアウト」
日時 2022年8月13日(土)17:00~20:00
場所 若松ゲートボール場
<当日の楽しみ方>
◎ゆったり過ごせるスペースを用意しています。ぜひ、お気に入りの飲み物やおつまみ、お菓子を持って遊びに来てください!
◎ちいさなマルシェを開催します!誰かの手仕事や選りすぐりとの、その日限りの出会いをお楽しみください!
詳しくはこちらから(外部サイトにリンク)
イベント!『空き地ルアウト』 – 一般社団法人HiCO-BAY

香美町唯一のゲストハウスが小代区貫田(おじろくぬきだ)にあります。
その名も「スミノヤゲストハウス」。
そんなスミノヤゲストハウスのオーナーである田尻さんが移住体験ツアーを随時開催しています。
「おじろに恋して移住した田尻さんに会いに行く移住体験ツアー」です。
滝を見ながら湧水で淹れたコーヒーを飲んだり、狩猟見学に行ったり、空き家リノベハウスを見学したり。
ただの旅行では出会えないおじろに出会えるツアーとなっています。
気になる方はぜひご参加ください!
詳しくはこちらから(外部サイトにリンク)
おじろに恋して移住した、私に会いにきませんか? 〜1泊2日の移住体験ツアー〜 | 移住スカウトサービス SMOUT(スマウト)

「海のある暮らしをしてみたい!」
「地方移住に興味があるから話を聞きたい!」
でも、海沿いの町ってどこがいいか分からない。
とりあえず行ってみて地域の空気を感じたい。
○魚が好き!
○海が好き!
○海のある暮らしがしたい!
○漁業、水産加工に興味がある!
○料理が好き!
そんなあなたに、香美町を知ってもらうキッカケとなるようなツアーを準備しました!
その名も「早起きは三文の徳ツアー」!!
せりが行われる平日限定のプレミアムツアーです。
漁師町「香美町香住区」の、ここでしかできない生活を体験してみませんか?
詳しくはこちらから(外部サイトにリンク)
漁師町の朝は早い!『早起きは三文の徳ツアー』 | 移住スカウトサービス SMOUT(スマウト)